撤退戦

「よーし。このまま持ちこたえ――」

「閣下! 左翼が突破されます!」


 オステルマン師団長はもしかしたらこの第一防衛線で持ちこたえられるかもと思ったが、すぐさま敵が柵の内側に侵入し、応戦も追い付かなくなっていた。


「……やっばダメか……計画通りに撤退! 順次下がれ!」

「「「了解!!」」」


 機関短銃は第18師団の全員に配備されている訳ではない。多くの兵の武器は小銃だけである。


 また機関短銃は師団の中でも精鋭に配備されているが、それはつまり、彼らが殿軍を務めるということだ。


「下がれ下がれ!」


 小銃しか持たず、接近戦では絶望的な大半の兵士は、すぐ後ろの柵の後ろまで全速力で撤退していく。その間、機関短銃を持った部隊は柵を乗り越えてきたダキア兵を順次排除し、じりじりと下がっていく。


『第三大隊、撤退を完了!』

『第四中隊も撤退し終えました!』

「――閣下、第一、第二大隊以外は撤退を完了しました!」


 機関短銃を配備された第一、第二大隊であるが、ダキア兵の勢いに押され、既に数百人が斬り殺されている。もう限界だ。


「よし! 第二防衛線に滑り込め!」

「「おうっ!!」」


 大隊は後方に下がり、柵に開けられた出入り口から後ろに入る。それと同時に、既に第二防衛線で機関銃を構えた兵士たちが、彼らの撤退を援護する。


「お前たち、撃ちまくれ! ダキア兵など一兵たりとも通すな!」

「閣下! 上です!」

「何だ?」

「敵のコホルス級魔女です!」


 ヴェッセル幕僚長は、左から飛んでくる、雑多な装備をした黒い鳥の群れを発見した。ダキア軍の飛行魔導士隊である。


「向こうから飛んでくるってことは……」

「そういうことでしょうね……」


 味方の左翼が飛行魔導士隊の援護を必要としないほどに壊滅状態にあるということだ。既に情報は錯綜し、向こう側の状況はよく分からないが、まあそういうことだろう。


「全軍、対空戦闘!」


 オステルマン師団長の命令で、後方に控えていた4連装対空機関砲が一斉に火を噴いた。が、ダキア軍の魔女たちはまたしても風船のような陣形と取り、機関銃弾を逸らしていった。


「チッ。効かないか」

「そのようですね……やはりダキア軍は、我々の戦術をよく研究していたようです」


 これはあくまで少数だから出来る戦術。ヴェステンラント軍が大々的に出来る代物ではないが、対空機関砲も無力化される可能性があるというのは、ゲルマニア軍にとっては脅威である。


「どうされますか? ここで飛行魔導士も来たら大変なことになります」

「クソッ……私が相手をする。師団は任せたぞ、ハインリヒ」

「お任せ下さい」


 オステルマン師団長は第18師団をヴェッセル幕僚長に任せ、背中に黒い翼を生やし、空へと飛び立った。


 ○


「また会ったわね、緑の目をした魔女」

「おう、久しぶりじゃねえか、何か気持ち悪い奴!」


 オステルマン師団長、と言うか人格が切り替わってシュルヴィ・オステルマンは、特製の回転式小銃をエカチェリーナ隊長に向ける。


「我等の神よ,光栄は爾に帰す,光栄は爾に帰す――」


 エカチェリーナ隊長は敵の目の前でも祈りの言葉を唱えるのを忘れない。そしてそれにはシュルヴィをドン引きさせて判断を鈍らせるという効果があった。偶然の産物だが。


「そういうとこが気持ちわりいんだよ……」

「まあいいわ。今日は、あなたの相手は私よ」

「へー、そうかい。じゃ、消えな!」


 シュルヴィは容赦なく引き金を引いた。


「何!?」


 しかし、敵の体内で爆発する筈のその弾丸は、エカチェリーナ隊長に届く前に虚空で爆発した。


「私としたことが……ミスったか? ……まあいい。死にな!」


 エカチェリーナ隊長は反撃するでもなく、泰然として滞空している。シュルヴィは何度も銃弾を放ったが、それらはことごとく意味を為さなかった。


 やがて弾倉の6発を撃ち切ったが、エカチェリーナ隊長は火傷の一一つも負ってはいない。


「この……」

「どうしたのかしら、ゲルマニアの魔女?」

「チッ……」

「じゃあ、私からも贈り物よ。今も何時も世世に……」


 エカチェリーナ隊長は素早く背負っていた雷管式小銃を構えた。一発撃つごとに弾丸と雷管を装填しないといけない、旧式の銃である。


「は、そんな銃でどうにかなるとでも?」

「どうかしら?」


 エカチェリーナ隊長も容赦なく引き金を引いた。


「おーっと」


 シュルヴィは素早く飛び回り、その銃弾をいとも簡単に躱した。


「こいつで終わ――!?」


 エカチェリーナ隊長はほんの僅かの間も開けずに次の銃弾を放った。シュルヴィは辛うじて弾丸を躱すことに成功したが、その後もエカチェリーナ隊長は次々と銃弾を放ってきた。


 ――おいおい、どうなってやがる。


 一発撃つごとに銃口から弾丸を入れて雷管を設置しないといけない筈の雷管式小銃だが、それをまるでゲルマニアの最新の拳銃みたく連発してくる。


 シュルヴィは一体何がどうなっているのか分からなかった。


「さて、どうしたのかしら? あなたもこの程度?」

「ウザイ奴だな!」


 シュルヴィは負けじと炸裂弾を撃ちまくったが、それは全く意味を為さなかった。まるで小鳥の喧嘩のように飛び回る二人の魔女。


 シュルヴィの視界には他の飛行魔導士隊のことなどとうに入っていなかった。

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