本格的攻勢Ⅱ

「見えて、来ましたね……」

「ああ。来たな」


 土煙の中から無数の黒い甲冑を纏った魔導兵が雲霞のごとく迫りくる。


 馬の蹄の音、歩兵の足音、そして兵士たちの鬨の声が響き渡る。右翼を守る第18師団およそ1万名より数は多い。


「おいおい、まさかあれは、親衛隊が手こずったとかいう黒い魔導兵じゃないだろうな?」


 2か月前にダキアで確認された、機関銃弾をこれまでの3倍近く叩きこまないと死なない魔導兵。そんなものが徒党を成して突っ込んできたら、ゲルマニア軍には為す術もない。


 しかしオステルマン師団長はそれを実際に見たことはなく、判断は出来なかった。


「恐らくは――違うと思います。親衛隊からの報告では、敵の魔導装甲は、これまでのものとは異なり、無理やり何重にも鎧を重ねたような形状をしていたとのことです」


 ヴェステンラント軍は各大公国の軍団がそれぞれの色の鎧を着こんでいるが、その構造は全て同じであり、違うのは色だけだ。ヴェステンラント軍も結構合理的な量産をしているのである。


「だったらいいが……」

「まあ、やってみなければ分からないというところはありますが……」

「……そうだな」


 見た目は同じに維持したまま防御力を強化した新型魔導装甲が開発されたのかもしれない。が、そんなことを心配していても仕方ない。


「敵軍、距離3000パッススに迫りました!」

「よーし。砲兵隊、全軍構え!」

「はっ!」


 第18師団の後方に構えてある百門近い榴弾砲。オステルマン師団長が命じると、総勢千人程度の砲兵隊が一斉に砲弾を込め、発射の命令を待つ。


 砲兵隊は既にゲルマニア軍の前方2500パッススの辺りに照準を合わせており、引き金を引けばその地点に一斉に砲弾が降り注ぐ寸法だ。


 そして今か今かと榴弾をぶっ放す時を待つ。


「距離、2500パッスス!」

「――師団長殿、まだですか?」

「師団長殿!」


 ゲルマニア軍の重砲の射程もちょうど2500パッススくらい。ダキア軍は射程に入った。だがオステルマン師団長はまだ発砲を命じない。


「距離、2300パッスス!」

「まだだ……まだ引き付けろ……」


 僅かでも機を見誤れば、この戦いは負けだ。あの剛勇無双のオステルマン師団長でも手に汗握る瞬間である。


「閣下っ!」

「今だ! 全軍、撃てっ!」

「撃てー!」


 全ての重砲が一挙に火を噴き、戦場に重々しい爆音が響き渡る。数十秒して砲弾が落下し、ダキア軍の陣形のど真ん中に降り注いだ。


 ここから観測できるだけでも千人近くの兵士が吹き飛ばされ、それより後方のダキア兵は浮足立って勢いを完全に失う。


「上手くいきましたね」

「ああ。だが油断はするな。次弾装填! 撃ちまくれ!」


 まだまだ砲弾はあるし、魔導弩の射程外だ。砲撃は続く。ダキア軍の陣形は既に乱れきっていたが、それでも壊滅的な損害を与えることは叶わず、敵はがむしゃらに突っ込んでくる。


「砲撃程度では、どうにもならんか……」

「やはり、数が……」

「そうだなあ……」


 これほどにまで劣勢な兵力差で戦ったことなどこれまでにない。ゲルマニアの榴弾の威力では、まだまだ敵の野戦軍を食い止めることすら出来ないのだ。


「まあいい。敵の秩序は乱れ、少しは数も減ったからな」

「はい。やはり、頼りは機関銃ですね」

「ああ。総員、機関銃と小銃を用意せよ!」


 言いながら、オステルマン師団長も小銃を持って柵のすぐ後ろで構える。


「距離、500パッスス!」

「全軍、撃ち方始め!」

「撃てっ!」


 地面に固定した機関銃と、残りの兵士が持った小銃。それらが一斉に火を噴き、けたたましい銃声が響き渡る。


 今回は敵を引き付けなどせず、射程に入り次第全力で攻撃だ。まず最初の斉射で百数十の兵士が倒れた。


「ふう。敵はいつもの魔導兵だな」

「ええ。そのようです」


 敵の減り具合を見るに、敵は西部戦線でいつも見かける魔導兵と何ら違わないようだ。だが――


「敵の勢い衰えず! 接近してきます!」

「距離200パッスス!」


 敵の装備の装飾すら見えてくる距離だ。そんな距離になってもなお、敵が兵を退く様子はない。


「どうされますか?」

「総員、白兵戦用意! 計画通り、後ろに下がる!」

「はっ!」


 敵は次々と柵に飛び掛かり、防衛線の中に入り込んでくる。


「突っ込め!」

「かかってこい! ダキア人ども!」

「師団長か! 覚悟しろ!」

「ほう、やるか!?」


 柵を乗り越え陣地の中に飛び込んできたダキア兵。その一人がオステルマン師団長に魔導剣で斬りかかった。


 オステルマン師団長は銃剣を上に向け、応戦する構えを見せた。


「ふん。そんなものっ!」


 彼はそんなものに構わず斬りつける。魔導装甲はゲルマニア軍のただの尖った金属など通さず、反対に魔導剣は小銃すら簡単に両断する。白兵戦においてゲルマニアに勝ち目などない筈。


 だが、違った。


「それはどうかな?」

「何を――ぐっ……」


 次の瞬間にはダキア兵は倒れていた。その魔導装甲は数か所を貫かれている。


「機関短銃か……いい武器だ」


 オステルマン師団長は不敵に微笑んだ。


 銃剣など何の意味もないことは百も承知。それをちらつかせて敵を油断させた後、隠し持った機関短銃でダキア兵を殺したのである。

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