本格的攻勢

 ACU2311 2/17 ポドラス ゲルマニア軍前線司令部


 ゲルマニア軍の師団長たちは司令部に集まり、作戦を練っていた。


「取り敢えず、平地でも何とかなることは証明されたな」


 ジークリンデ・フォン・オステルマン師団長は、ローゼンベルク司令官などがいる中でも特に畏まる様子なく言った。


「はい。それなりの損害も出てしまいましたが……」


 シグルズは応える。彼は第88師団の師団長ではあるが、ヒンケル総統が特例的に師団長にしたという経歴を持つため、他の師団長より格下の爵位しか持っていない。


 さて、塹壕というのはそもそも、味方の損害を少なくする為のものである。敵の勢いを削ぐ効果を持つのは前方の堀や柵や塀であり、味方の損害を気にしないのであれば、魔導兵を塹壕なしで撃退することも不可能ではない。


 もっとも不可能ではないというだけで、ゲルマニア軍の圧倒的な勝利と見えた緒戦であったが、実はゲルマニア軍もダキア軍と同じくらいの損害を出していた。


「まあ――犠牲が出ることは織り込み済みだ。そこを気にしていてはしょうがないだろうな」


 やけに気のいいむさいおじさんこと、ローゼンベルク東部方面軍司令官は言う。今回の会戦の目的は敵の撃退であり、極論すれば味方に戦闘能力が残る必要はない。


「それで、シグルズ、こんな調子では勝てる気がしない訳だが、計画に支障はないのか?」


 ローゼンベルク司令官はシグルズに問うた。


「はい。ここまでは想定内です」

「ほう。そうなのか」

「正面切って戦って、敵を殲滅出来るとは思っていません」

「それもそうだな」


 古今東西、寡兵で大軍を打ち破った事例は数多く存在するが、その殆どは敵を殲滅した訳ではない。あくまで敵の士気を壊滅させ、空中分解させての勝利だ。


「まずはここで持久戦を行い、敵を焦らせることが重要なのです」

「そうだったな……」


 シグルズの作戦の第一段階は、可能な限り持久戦を行い、敵を苛立たせることである。戦車の出番はまだまだ先だ。


「か、閣下!」

「な、何だ?」


 その時、臨時司令部の天幕の中に伝令が飛び込んできた。


「はっ。敵軍が、総勢3万の部隊で我が軍の防衛線に迫っております!」

「さ、3万を一気にだと……?」

「ははは……これはちょっと想定外でしたね……」


 3万と言えば、ヴェステンラント軍が西部戦線に展開している総兵力の3分の1程度である。それにここに出張って来たダキア軍の4分の3だ。


 これほどの割合の兵士を一気に前線に出すなど正気の沙汰ではないし、軍事的には間違っているのだが、ゲルマニア軍にとってはやってられないこと極まりないことである。


 誰もが苦笑いするしかなかった。


「つまりは……さっきの一戦でやり過ぎたんだな、シグルズ」


 オステルマン師団長はからかうように言った。こんな状況でも彼女は余裕そうであった。


「と、言いますと……」

「さっきダキア軍の斥候を壊滅させただろう? 敵の冷静さを奪うという作戦は間違ってはいないと思うが、いささか敵を怒らせ過ぎたってことだな」

「ああ……なるほど……」


 本来なら徐々に敵を焦らせていくべきだったのに、敵を完膚なきまでに叩きのめしてしまった。そのせいで完全にダキア軍を怒らせてしまい、こんな事態になっている訳だ。


「さてどうする、シグルズ? このままだとどうしようもないままに我が軍が負けるだけで終わる気がするが?」

「そうですね……我が軍が持ってきた兵器を全て使い切ってでも、何とか戦線を維持する必要がありますが……」

「……分かった。あらゆる手を尽くし、時間を稼ごう」


 ローゼンベルク司令官は言った。ゲルマニア軍はまだ使っていない兵器をいくらか用意してある。


「戦車を投入するのはダメなのか?」


 オステルマン師団長は尋ねた。


「戦車は、最大の効果を得られる機に投入しなければなりません。そしてまだその時ではありません」

「分かった……歩兵だけで耐えろということか」

「そういうことです。よろしくお願いします……」

「ま、そういう訳だ。頑張ろうじゃないか、諸君!」


 オステルマン師団長は師団長たちに呼びかけた。といってもシグルズとオステルマン師団長本人を含め5人しかいないが。


「「おう!!」」


 それでも一応はそれっぽくまとまった。


 ○


 オステルマン師団長の第18師団は、第31師団と共にゲルマニア軍右翼の守りを任されている。


「敵軍、4000パッススにまで接近!」

「さーて、こっちは魔導兵1万と5千か……」


 オステルマン師団長は司令部の椅子から立ち上がった。


「ですね……」


 紳士の中の紳士と有名な、第18師団のハインリヒ・フォン・ヴェッセル幕僚長は不安そうな声で応えた。


「この戦い、勝てるでしょうか……」

「何とかするのが軍人の役目だ。そうだろう?」

「まあ……それはそうなのですが……」

「まあまあ。時間を稼げばいいんだ。簡単な仕事だろう?」

「まあ……」

「取り敢えず、砲兵隊を用意させろ。後は……心の準備だな」

「はっ」


 まあそれなりの作戦は用意してあるのだ。

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