緒戦Ⅱ

 ホルムガルド公の部隊は飛行魔導士が構築した簡易陣地の中に引きこもり、一旦は安寧を得た。そして威力偵察の末に得たゲルマニア軍の戦術について、司令部に報告するのだった。


 ○


『――報告は以上です、大元帥閣下』

「分かった。今は報告よりも自身と部下の身の安全を図れ」

『はっ。それでは失礼します』


 偵察だというのに兵の半分近くを失ったという衝撃的な事実。さらにはゲルマニア軍が予想外の行動に出ていることについて、ホルムガルド公からダキア軍前線司令部へ報告が届いた。


 そしてそれを大元帥がピョートル大公に伝えると、早速御前作戦会議が始まった。


「まずは、偵察だと言っておきながら1,000人以上の兵士が死んだ理由については、どうだ?」


 本来ならホルムガルド公本人に尋ねるべきではあるが、当人は今忙しく、ピョートル大公は諸将に尋ねるしかなかった。


「それにつきましては、寧ろ撤退した方が損害が大きくなっていたということになります」


 ハバーロフ大元帥は答える。


「と言うと?」

「魔導装甲とは言え、全身をくまなく防御している訳ではありません。当然ながらその防御力は体の正面や頭に集中しており、特に背中の防御は弱くなっております。従って、敵に背中を見せて逃げ帰っていた場合、簡単に魔導装甲を貫かれ、更に甚大な損害を出していた可能性が高いかと思われます」


 それに、背中から貫かれた場合、腹側の魔導装甲で弾丸が反射し、兵士の体がひどいことになる。そうなった場合死亡率は格段に上がっていたことだろう。


「しかし、で、あれば、危機を察知した時点で引き返せばよかったのではないか? そもそも偵察であるのだし」

「それは……恐らくですが、ゲルマニア軍はあえて距離が詰まるまで攻撃をせず、引きつけた後に銃撃を開始したものと思われます」


 銃というのは当然、近距離であればあるほど威力が上がる。ゲルマニア軍はあえてダキア軍を引き付けることで、後退する隙を奪い、出血を強要したのだ。


「なるほど。やってくれるではないか」

「ええ。してやられました……これも、実戦経験のなさが招いた結果です」

「まあ、経験がないのは仕方がない。罰することはしない」

「寛大なご処置、ホルムガルド公に代わり感謝申し上げます」


 ゲルマニア軍の機関銃の射程など話に聞いただけで分かるものではない。その経験のなさをまんまと見抜かれた形となった。


 ヴェステンラント軍ならば恐らく、ゲルマニア軍からの攻撃がやけにおとなしいことを見抜き、事前に兵を下げられていたのだろう。


「それで、だが、ゲルマニア軍は何を目的としているのだ? 今回のような戦術では確かに大きな損害を強いられるが、それとて我が軍が攻め込まなければ成立しないこと。ここで永遠ににらみ合いでもする気なのか?」

「それについては、一定の合理性があるかと」

「ほう?」

「そもそもこの戦争、我が軍の目的はゲルマニア本国へ攻め込むことであり、ゲルマニア軍の目的は国土を防衛することです。その――かつての戦争の際は我が方が一方的に蹂躙されましたが、本来はそんなことをする必要はないという訳です」


 ゲルマニア軍の目的はダキア軍の殲滅ではない。何が何でもダキア軍を進ませなければいいのだ。その点、この戦術は非常に合理的である。


「――そうだったな。どうやら戦争の本質を見失っていたようだ」

「しかし我が軍は、完全に甲羅の中に閉じこもった敵軍の防衛線を、何としても突破しなければなりません」

「どうするのだ?」

「戦線を突破するとなれば、やはり、大兵力を一挙に投入するしかありますまい」

「ふむ……持久戦という選択肢は?」

「持久戦は我が方に不利に働くかと」


 まずダキア軍は数日に渡る会戦に耐えられるほど訓練されてはいない。そして補給も整ってはいない。何より、大公自らが率いる軍団がたった5万の敵の前に立ち往生しているなど、ダキア全軍の士気に関わる。


「なれば、短期決戦に挑むのが吉ということか」

「大方の方針としてはそうなります」

「それで、勝てるのか?」

「ホルムガルド公の一件はあくまで、少数の偵察部隊が敵の罠に嵌められたというだけの話です。全軍を以てして敵に攻勢を仕掛ければ、兵力差からして突破は容易でしょう」


 今回はゲルマニアの大兵力がホルムガルド公をよってたかっていじめたという話。ほぼ同兵力を以て挑めば、塹壕を掘ってすらいないゲルマニア軍にダキア軍が負けることなどあるまい。


「不安でしかないが……」

「無論、無策で突撃はしません。そこで、軍を左右に分け、ゲルマニア軍の陣地を左右から同時に叩きます」

「何故に部隊を分けるのだ?」

「まず前提として、ゲルマニア軍が防衛線を引いているということは、兵力が薄く分散しているということ。それに我が軍が合わせる義理などありません。我が軍は兵力を集中し、敵の防衛線に大穴を開け、敵を蹂躙します」

「では部隊を分ける必要もないのではないか?」


 その理屈で言うのならば全軍で一点突破を目指すべきではないかとピョートル大公は考える。


「あまりにも巨大な部隊を運用すれば、遊兵が多くなります。一度に動かせる兵というのには限界があるものです」

「なるほど。では引き続き、作戦指揮はハバーロフ大元帥に任せる」

「はっ」


 ゲルマニア軍の手の内を読んだところで、ダキア軍は本格的な攻勢を開始する。

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