緒戦

「よし。上手くいったわね」

「し、死ぬかと思いました……」


 アンナ副長は安心して溜息を吐いた。まああそんあ対空機関砲に真正面から撃たれてビビらない人間もそうそういないだろう。特に遠距離監視を任務とするアンナ副長なら尚更だ。


「敵は……次々と機関砲を切り替え、射撃を続けているようです」

「そう……」


 数丁の対空機関砲を用意し、再装填のタイミングをずらすことで空に常に弾幕を張り続ける。ダキア軍はヴェステンラント軍との戦いで洗練されたゲルマニア軍と戦わなければならないのである。


 とは言えダキア軍もヴェステンラント軍からかなりの情報提供を受けている。条件は五分五分と言ったところ。


「この陣形を維持したまま攻撃を続けなさい! ホルムガルド公を死なせては飛行魔導士隊の恥よ!」

「「はっ!!」」


 対空機関砲はほぼ無力化出来ている。飛行魔導士隊は地上への攻撃を続ける。


 ○


「怯むな! 突撃せよ!」


 ホルムガルド公アレクセイは怒号を飛ばす。


 柵の後ろから絶え間なく弾丸をぶち込んでくるゲルマニア軍。空からの援護でその足並みは乱れていたが、それでも機関銃の威力は圧倒的だ。


「第七、第三小隊、壊滅!」


 最前線の小隊は多大な損害を出し、最早小隊としての形を保てないほどになっている。これはホルムガルド公の兵力の10分の1に相当する兵力だ。


「クッ……まだだ! もう少しで辿り着く!」


 距離はもう百数十パッススここで退いては逆に損害が大きくなってしまうだけだ。


「突っ込め! 躊躇うな!」

「はっ!」


 進むも地獄、戻るも地獄。なれば進むしかあるまい。ここまで来たらもうやけになっていた。悲鳴や雄叫びや鬨の声の混じった叫び声を上げながら、ダキア軍は進み続けた。


「うっ……」

「公爵様!」


 その時、アレクセイの右腕が銃弾に貫かれた。肘より下が力なくぶら下がる。


「案ずるな! 進めっ!!」


 アレクセイは指揮刀を左手に持ち替え、一切怖気づくこともなく突撃を続けさせた。


「「「おお!!!」」」


 その雄姿に周囲の兵士たちは奮え、その空気は周囲に伝播する。銃声をもかき消すほどの鬨の声を上げ、兵士たちは突撃を続けた。それは外から見たら1分程度の出来事であったが、彼らには数十分のことに感じられた。


 更に第四、第十小隊が壊滅状態になったが、ついに彼らはゲルマニア軍の柵の前にまで辿り着いた。


「クソッ! こっち来るな!」

「悪いな!」


 柵のすぐ後ろで小銃を構えていた兵士を、アレクセイは剣で突き刺した。既にアレクセイの護衛は数を減らし、また彼の馬は斃れ、彼が最前線に立っているようなものだ。


「柵を超えよ!」

「「おう!!」」

「撤退! 撤退だ!」


 次々とダキア兵が柵に取りつき、よじ登っていく。ゲルマニア兵はこれ以上の抵抗は無駄だと判断したのか、順次後ろに下がっていった。


「よし! このままここを制圧するぞ!」

「了解!」


 一応彼らの任務は威力偵察である。別に戦線を突破することではない。


 ここまで柵を突破したのは、あくまで撤退の安全を確保する為である。最初に突撃した時にいきなり転進していたら更なる損害が出ていたに違いない。


 柵はもう打ち倒され、敗走するゲルマニア軍との銃撃戦が繰り広げられている、筈であった。


「ぐあっ!」

「こ、公爵様!」


 アレクセイは今度は左腕を撃たれた。


「な、何事だ!?」

「公爵様を守れ!」


 すぐさま生き残りの兵士たちが公爵を守るように円陣を組んだ。


「だ、大丈夫ですか、アレクセイ様!?」

「……私は問題ない。が、これはどこからの弾丸だ?」

「そ、それは……」

「あれかっ……」


 逃げるゲルマニア軍の濁流の中で、それに逆流して走り寄ってくる者たちがあった。それらはことごとく、短い銃を持っていた。


「あれが噂に聞く機関短銃というものか……」

「応戦しろ!」


 残った兵士は素早く陣形を組み、機関短銃を持った兵士――突撃隊との応戦を始めた。しかしこの中距離では魔導弩より機関短銃の方が圧倒的な優位を誇り、次々とダキア兵は倒れていく。


「クソッ! このままでは埒が明かない! 全軍突撃!」


 指揮刀を振ることすら叶わず、アレクセイは声だけで命じた。直接剣で斬り込む他にない。アレクセイはそう判断した。


「「「おう!!!」」」


 ダキア軍は有無を言わさず敵に向かって斬り込んだ。しかし、それを見計らったかのような動きでゲルマニア軍は秩序だった動きで後退を始めた。ダキア軍は魔導弩で追撃したが、こちらの損害の方が多い。それに魔導装甲は走るのにはあまり向かない。


 ほとんど一方的にダキア兵は狩られていった。


「こ、これは…………」

「我々を奥地まで誘い込むことが狙いか……」

「ど、どうしますか!?」

「このままでは損害が大きくなるだけだ……防御態勢を整えろ! 飛行魔導士隊に援護を要請!」

『――もうやってますよ』

「おお……ありがたい……」


 飛行魔導士隊は次々降りたち、ホルムガルド公の前に鉄や石や木の壁を作った。ホルムガルド公は両腕の自由と3分の1近くの部下を失ったが、威力偵察という任務は完了したのだった。

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