開戦
「それでは殿下、これより我が軍は、ゲルマニア軍との戦闘状態に入ります。ここで剣を交えれば、ついにゲルマニアとの関係は、回復不可能なものとなるでしょう。それでも――やっちゃいますか?」
ハバーロフ大元帥は最後にピョートル大公に確認する。これまでは国際法上確かに戦争状態にあったが、実際に血は流れなかった。だがここで戦を始めれば、外交的な関係は一切修復の不可能なものになるだろう。
その決断をすべきは、ダキア大公国の国家元首たるピョートル大公である。
「ああ。これより我がダキア大公国軍は、ゲルマニア帝国軍との戦闘状態に入る!」
並び立った将軍たちの前で、ピョートル大公は高らかに宣言した。
「以後、軍の指揮はハバーロフ大元帥に一任するものとする」
「はっ」
「それでは諸君、戦争を始めようではないか」
「「「おう!!!」」」
かつて完膚なきまでにゲルマニアに叩きのめされたダキア大公国としては、まさに雪辱の戦いである。大公を含め、多くの将軍たちは意気揚々としていた。
○
「それでは殿下、我が軍は万一を考え、まずは敵情を把握すべく、威力偵察を行います」
「うむ。分かった」
ハバーロフ大元帥はあくまで大元帥だ。前線に立って戦うことなど滅多にない。彼の仕事はこの司令部で軍団を指揮しつつ、ピョートル大公に作戦と戦況を報告することである。
威力偵察とは、ある程度の犠牲を覚悟したうえで敵の防衛線に部隊を突っ込ませ、その陣容を確かめることである。普通に考えれば正面から全力で突撃でも勝てる戦ではあるが、城攻めのような慎重さを以て、ハバーロフ大元帥は臨んでいる。
○
ハバーロフ大元帥の命を受け、まず最初に飛び立ったのは飛行魔導士隊である。修道女のような隊長を筆頭にして、60名ほどの精鋭部隊が飛ぶ。
「隊長、またさっきみたいなことにはならないのですか?」
エカチェリーナ隊長に不安そうに問いかけたのは、飛行魔導士隊副長のリスみたいな少女、アンナ・アレクセーエヴナ・ドルゴルーコフである。
「今回はあくまで敵の前線を叩くだけ。心配は要らないわ」
「は、はい……」
しかしアンナ副長の不安は晴れない。
「まあ、その気持ちは分からないでもないわ。でも、その為に細心の注意を払うのでしょう?」
「それは――そうですね。分かりました。隊長を信じます」
「よろしい」
彼女らの眼下にはホルムガルド公アレクセイの率いるおよそ3,000の兵。飛行魔導士隊を含むこの部隊こそが、威力偵察の為に派遣された部隊である。
「隊長、敵の陣地を確認! 視界に映る兵士はおよそ1万、特に変わった様子は見られません!」
「分かったわ。引き続き、敵を注視しなさい」
「はいっ!」
ゲルマニア軍は数重の柵を作り、その後ろに引きこもっている。その両端は小高い丘に遮られ、突破は簡単にはならない。前回敵の後方を偵察しに行った時と、特に状況は変わっていないようだった。
相変わらずゲルマニア軍の機関銃は銃口を輝かせている。
やがて両軍は、ゲルマニア軍の機関銃の射程を僅かに超える距離で動きを止めた。
『こちらホルムガルド公アレクセイ。飛行魔導士隊、聞こえるか?』
地上のホルムガルド公から魔導通信が入った。
「はい。聞こえています」
エカチェリーナ隊長が答える。
『これより我々は、敵の陣地に対して突撃を開始する。援護してくれるな?』
「無論です。思うように戦ってください」
『感謝する。では、健闘を祈る』
乱暴に通信が切られると同時に、地上の部隊は一斉に突撃を始めた。騎馬隊が戦闘を駆け、歩兵部隊がそれに続く。無論それらは全員魔導兵である。
ただちにゲルマニア軍の機関銃と小銃が火を噴き、すさまじい量の弾丸が飛来する。たちまち前から兵士が倒れていくが、その程度のことは想定内。最早その程度で怖気づく者はなく、突撃は続行される。
「私たちも、攻撃を開始しなさい!」
「「了解!!」」
飛行魔導士隊も前進し、上空から火の弾やら石礫やらを思うがままに落としまくる。柵の後ろのゲルマニア軍は混乱し、かなりの隙が出来た。その僅かの間にホルムガルド公は兵を一気に進めるが、そう楽はさせてくれないらしい。
「あ、あれは! 隊長、反撃です!」
アンナ副長は、飛行魔導士隊を向いた対空機関砲を確かに見た。
「総員、防御態勢!」
エカチェリーナ隊長が叫ぶ。と同時に、飛行魔導士隊全体が、ゲルマニア軍側を籠とした気球のような陣形を取った。
「来ます!」
「対砲弾防御!」
エカチェリーナ隊長が命じた直後、これまでとは異質な重い銃声が響き渡った。
が、その弾丸が彼女らに届くことはなかった。
「ふう……成功ね」
ゲルマニア側から膨らんだ風船のような陣形。その空気穴にあたる位置には金属を操る魔女が配置されており、対空機関砲から放たれる無数の砲弾の軌道をそらしていた。
決して砲弾を受け止める必要はなく、軌道を逸らすだけでよいのなら、比較的魔法の難易度は低い。また軌道を逸らすだけにとどめることで砲弾は後ろに飛んでいき、真下の友軍に被害が及ぶことはない。
ゲルマニア軍の対空砲対策としてはなかなか上策であるとエカチェリーナ隊長が自負している作戦である。これもヴェステンラント軍とゲルマニアとの戦争を研究した成果だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます