第十九章 第二次ポドラス会戦

両軍の陣容

 ACU2311 2/17 神聖ゲルマニア帝国 グンテルグルク王国 ポドラス平原 ダキア大公国軍前線司令部


 再編されたダキア大公国軍は神聖ゲルマニア帝国領内に攻め込んだ。ゲルマニア軍は国境では特に抵抗を見せることなく、ここポドラス平原に陣を敷いて待ち構えている。


「ゲルマニア軍が、まさか野戦を挑んでくるとはな」


 ピョートル大公は訝し気な声で言った。


「それは……全く以て彼らの考えは読めません……」


 ハバーロフ大元帥はげんなりとした声で言った。これまでゲルマニア軍はひたすらに塹壕戦をしてきた。ゲルマニアとルシタニアの国境線を埋め尽くすほどの塹壕は、今や戦争の象徴である。


 それをこんな大事な局面でかなぐり捨てるゲルマニア軍の思考回路を、ハバーロフ大元帥は全く理解できずにいた。


「敵の兵力は?」

「およそ、5万かと」


 ゲルマニア軍は何だかんだ言ってそこら中から人をかき集め、予定より多くの兵士を用意していた。ゲルマニア参謀本部の涙ぐましい努力の成果である。


「それで、我が方は魔導兵が4万か」

「はい。これまでの経験則から言えば、まず間違いなく勝てる兵力差ではあります」


 シグルズが初めて塹壕戦を用いたロウソデュノンの戦いなどの例外はあるが、基本的に塹壕を用いてもなお、ゲルマニア軍の死傷者の方がヴェステンラント軍のそれより多かった。平均して5対1ほどである。


 塹壕戦ですらその有様なのだから、野戦では更に魔導兵が有利となることが予想される。


「敵が我々の魔導兵を把握していないという可能性は?」

「まあ……ないとは言い切れませんが、そこまでゲルマニア軍の情報網が貧弱だとはとても」

「それもそうだな」


 そもそもダキア軍の動きを読んでこの場所に兵を配置している時点で、こちらの情報はかなり筒抜けであると考えていいだろう。ここまでしておいて、何度か交戦すらした魔導兵についての情報が一切入っていないとは考え難い。


「やはりゲルマニア軍は、魔導兵相手に戦うつもりでここに来ているということか」

「まあ、一応、前回よりは慎重になっているようですしな」


 塹壕のような大規模なものこそ作っていないが、各所に小規模な陣地が作られ、恐らくは機関銃も大量に配備されている。決してゲルマニア軍が手抜きをしている訳ではない。


「私は不安でしかないのだが、大元帥はどうだ?」

「それは正直、私もです」


 あのゲルマニア軍が手を抜くはずがない。ならばこれこそが彼らにとって最良の手ということ。だがその手が読めない。それが問題だ。


「殿下、失礼します」

「おお、エカチェリーナ君か」


 その時大公の天幕に入って来たのは、全身を黒い外套で覆い修道女のような格好をした(実際にかなり信仰にのめりこんでいる)少女、エカチェリーナ・ウラジーミロヴナ・オルロフ飛行魔導士隊隊長である。


 飛行魔導士隊は引き続き精鋭部隊としてダキア軍を構成し、空からの援護を行う。もっとも、魔法を持たぬ相手に対しては無敵だった筈の彼女らも、ゲルマニアの魔女や大量の銃器の前に次ぐ次と倒れてしまったが。


「ええと、君は偵察の任務をしていたのだよな?」

「はい。人を愛する主よ,我等を怨み,我等を悩ます者を赦し給え。私たちは上空からの偵察を命じられました。しかし……」


 エカチェリーナ隊長は申し訳なさそうにうつむいた。


「どうしたのだ?」

「ゲルマニア軍は異常なまでに対空警戒を行っています。地上から見る分には大昔の陣地防御と変わらないようですが、その火力は空へと向けられているのです。結果として、私たちは偵察の任に失敗しました」

「――分かった。しかし、空……? 何を考えているのやら……」


 まさか、たったの60人程度しかいない飛行魔導士隊に本気で警戒している訳ではあるまい。となるとこれはどういうことか。


「エカチェリーナ君、どう見る?」

「恐らくは、敵に見られたくない何かがるのでしょう。それで上空からの偵察を全力で妨害してきたものかと」

「まあそう考えるのが妥当でしょうな」

「ではそこに、我々には知られざる手があるということか」


 これではっきりした。ゲルマニア軍は何らかの秘策、それも形があるような何か、例えば新兵器などを擁しており、それに勝利の可能性を賭けているのだと。


「ハバーロフ大元帥、どうする?」

「兵器というのはあくまで、量産をしなければ意味はありません。たった一本で戦局を変えられる魔法の剣などこの世には存在しないのです。ですので、決して恐れることはありますまい」

「ふん。なかなか強気ではないか」

「装備を統一することの必要性は、既に我が軍の学んだことです」


 ヴェステンラント軍の魔導兵しかり、ゲルマニア軍の小銃しかり、個の能力よりも集団としての戦闘能力が求められるように、時代は変化している。


 その流れが逆行することは断じてあるまい。


「ですが、油断をしてはなりません。合理性を突き詰めたような存在であるゲルマニア軍が勝利の可能性を見出すような新兵器です。あくまで細心の注意を払った用兵が求められます」

「では、頼んだぞ、ハバーロフ大元帥」

「お任せ下さい、大公殿下」


 かくして戦いの火蓋は切られる。

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