戦争準備Ⅱ

 ACU2311 2/7 ダキア大公国 戦時首都メレン


「殿下、既にゲルマニアへ宣戦を布告してから一か月が経過しております」


 ハバーロフ大元帥はピョートル大公に訴える。


「その間、初期に参上した大貴族たちは暇を持て余しており、士気がかなり低下していると言わざるを得ません」

「そうか……。どうしたものか」


 ピョートル大公にとっての悩みの種はこれである。戦力が整わないうちにゲルマニアに侵攻するのは無謀というものだが、かといって最初に集まってくれた積極的な大貴族を遊ばせていると士気が落ちる。


 この板挟みに大公は非常に苦心していた。


「ホルムガルド公、これ以上待つことは、やはり無理か?」


 ピョートル大公は、ダキア蜂起の際に真っ先に彼を救出しに来た若い大貴族――ホルムガルド公に尋ねた。一か月暇を持て余している貴族の中でも最大の兵力を持つ男である。


「私としては国体護持の為に最適な手段かと思います。私個人としては異論は全くないのですが……」

「配下の将兵が納得しないのか」

「はい。戦場に駆り出されたと思ったら何もしないで、一か月も戦時首都に閉じ込められているのです。何の武功も上げられず、士気が……」

「なるほどな……」


 人を殺したくて軍人をやってる人間などほぼいない。まあアメリカ人などでいなくはないが。


 そして徴兵以外で軍人をやっている人間は、基本的に金か名誉の為に殺し合いをしている。その殺し合いが出来ない以上、それは強制的に無職にさせられているようなCもので、血気盛んな将兵たちは暴動すら起こしそうなまでに不満を貯めていた。


「私の方でも公庫から金を引っ張り出して分け与えてはいますが、その……やはり飛びぬけた報酬を得たいものが多く、不満は貯まる一方です」

「隣の人間より美味い果実を食べたい、という訳か」

「まったく、人間というのは厄介です」


 そもそも全員に行き届かせられるだけの軍資金をホルムガルド公は用意している訳で、今のところ衣食住に困っている兵士はいない。


 しかし、全員が平等のものしかもらえないというのが問題だった。人は絶対的な富より、隣の人間より豊かになることを望む。特に国家主義などないこの世界においては、特にその傾向は顕著だ。


「もうこれ以上兵の士気を維持するのは無理か?」

「一度兵士を返せばなんとかなるでしょうが……それでは……」

「即応など出来ないか」

「はい」


 万が一ではあるが、ゲルマニア軍が先制攻撃をしてくる可能性もある。その時に兵士がいなくては前回の戦争の二の舞になってしまう。歴史書ではどの国にも(ダキアを含めて)馬鹿にされることだろう。


 となると兵士はやはり戦時首都にとどめておく他に手はない。だがそうなると内戦すら起こりかねない。これもこれでお笑い草だ。


「やはり、現状の兵力で攻撃をしかける他ありますまい」


 ハバーロフ大元帥は力強く。


「現状……たったの魔導兵4万でか?」


 因みにダキア旧来のマスケット銃を持った兵隊は、ゲルマニア軍の圧倒的な性能の銃器の前には射撃の的同然であると判断され、戦力に数えられてすらいない。


「そうなります……が、内紛でも起こって国が滅ぶよりは幾分かマシな結末かと……」

「末期的な発想だな」

「軍事的な観点から申し上げますと、この戦争は無理があるものと言わざるを得ません……」

「……そんなことは百も承知だ」


 まあつい二か月前までは他国に占領されていた国がこの短い期間で戦力を整えるというのも無理な話。だがその無理を成し遂げるのがピョートル大公の仕事なのだ。


「やはり、この戦力のまま攻撃する他ないのか……」

「最悪、兵を殺す為だけの出兵ともなりかねませんが……」

「それでもまだマシ……か」


 内紛を起こされるくらいならいっそ兵士を殺してしまえ。そんな悪魔的な発想すらもさしたる抵抗なく受け入れられるほど、彼らは追い詰められていた。


「まあ、これ以外の選択肢などあるまい。我々に残された選択肢は、この兵力でゲルマニアに侵攻するのみ。これで決定だ。異論のある者は?」


 誰も何も言わなかった。かくしてダキアは現有の兵力のみを以てゲルマニアへと侵攻することとなった。


「それで、どのような戦略を取る、ハバーロフ大元帥?」

「はい。この兵力で攻め込むのでしたら、全兵力を収集させての一点突破。これしかないかと」


 たったの4万の、それも訓練の済んでいない兵を分散されてはどこの突破も出来まい。特にこの広い戦線では。ハバーロフ大元帥は既にそう判断していた。


「しかしそれは……ヴェステンラントの二の舞にはならないか?」


 赤の軍団はそれを試み、装甲列車なる兵器に完膚なきまでに叩きのめされた。


「それは……否定は出来ません。しかしながら、我が軍は道なき道を走破することに関してはヴェステンラントより長けております」

「あまり褒められた気がしないが……」

「――という訳で、何とかなるかと」

「なるほど、分かった。大元帥の言葉を信じよう」


 ダキア軍はゲルマニア軍が予想した通りの行動を取ることにしたのだった。が、その時更なる凶報が入った。


「殿下! 大変です!」

「何事だ?」

「ヴェステンラント軍の輸送部隊が襲撃を受け、エスペラニウム及び魔導兵装が奪われました!」

「何……? それは最悪の事態だな……」


 それはつまり、これ以上の戦力増強が本当に不可能になってしまいかねないということだ。

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