戦争準備
ACU2311 2/4 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 ミェーナ基地
ダキア軍により宣戦布告からおよそ一か月。目立った戦闘は起こらず、双方戦争の準備に邁進していた。ゲルマニア東部の要石であるここミェーナ基地はその最前線である。
「しっかし、すっからかんだなあ……」
東部に派遣されてきたジークリンデ・フォン・オステルマン師団長は、最前線だというのに静まり返った基地を眺めながら呟いた。
「ここに集まった兵は東部軍の一部に過ぎませんから……」
ヴェッセル幕僚長は応えた。ここに集まっているのは東部方面軍の中の決戦部隊であり、他はなけなしの防衛線を整えることに勤しんでいた。もっともそれも順調とは言えないが。
「しっかし、戦車か……なかなかデカいな……」
基地の中央に並べられた32両の戦車。たったの32両でも、車すら見たことのない彼女らにとっては驚くべき存在であった。鉄が勝手に動くということ自体がまず初めてで、それが大砲と機関銃を備えているとなれば化け物にしか見えないだろう。
「こんなのが自分で走って突っ込んでくるんだろ?」
「そういうことになりますね」
「私でも流石にビビるぞ……こいつは」
あの男勝りなジークリンデ師団長すら震えている。
「ですね……」
この世界の住人からして戦車というのは全く未知の存在である。シグルズが想定していたよりもずっと、兵士を怯えさせる効果は大きいのだ。
「おや、オステルマン師団長閣下、お久しぶりです」
「おう、シグルズか。元気にしてたか?」
散歩をしていたシグルズは、同じく散歩をしていたオステルマン師団長とばったり出会った。
「はい。こっちは元気です」
「おう。それは何よりだ!」
「は、はあ……」
オステルマン師団長は陽気に笑う。やはりこの人は苦手だと、シグルズは思うのだった。
「ところで、師団長閣下は――その、これを見てどう思います?」
「そう――だな。まあ正直言って、こんなのが突っ込んできたら逃げるな」
「師団長閣下でもそうなのですか……」
「ああ。こいつがどれだけ強いのかは知らんが、少なくともダキア兵は蜘蛛の子を散らすように逃げるだろう」
「そこまでですか……」
「私もそう思います。これがもたらすものは甚大であるかと」
ヴェッセル幕僚長も冷静に同意した。
「勝てると思いますか、この戦い」
シグルズは改まってオステルマン師団長に尋ねた。オステルマン師団長も真面目な顔をして答える。
「まあ正直言って、こいつがあっても厳しいだろうな。言ってもこいつが視界に入る奴しかビビらせることは出来ないし、そんなのは多くとも千人くらいだ」
「ですよね……」
「だが、まあ何とかなるんじゃないか?」
「そんな投げやりな……」
「戦車がなかったらどう足掻いても勝てないが、こいつがあれば何とかなるかもしれん。まあ私は知らんがな」
「はあ……」
しかし一応勝てる可能性はあると太鼓判をもらえた訳だ。一応は安心していいのかもしれない。まあオステルマン師団長は適当に言ってるだけなのだが。
その時、シグルズは気づいた。西部で戦っている筈のオステルマン師団長がどうしてここにいるのかと。
「オステルマン師団長、どうしてここにいるんですか?」
「いて悪いか?」
「いや、西部戦線の部隊は基本的にその場にとどまる筈だと思いまして」
西部戦線には現在余裕がない。別にいつも戦っているという訳ではないが、ヴェステンラント軍が唐突に大規模な侵攻を始める可能性を考えると、西部戦線全体では60万は兵を配置しておかねばならない。
それ故に西部から東部への増援はほんの僅かだけとなる筈なのだが。
「ああ、私はこっちの部隊と交代で来た。西部の兵士に質は大して必要ないが、こっちは必要だということでな」
「なるほど。東部には精鋭が集まっていると……」
確かに、西部戦線の兵士に求められるのは地面に固定した機関銃の引き金を引くだけだが、こちらで求められるのは戦場を縦横無尽に駆けまわって臨機応変に敵と戦う能力である。
まあ後者の方が高度な能力であるのは言うまでもない。その為に精鋭が集められているという訳だ。そのお陰でこっちに変な連中が集まってくる訳だが。
「で、兵力は最終的に6万は集まったな」
「そう聞いています」
「それだけ聞くと全く勝てる気がしないな」
「それに、敵が決戦を挑んでくるかすら不透明ですからね……」
そう、敵が決戦に挑んでくるということすら、ゲルマニア軍が勝手に予想しているに過ぎない。
「ちょ、二人とも……」
まあ確かに常識的に考えれば無理な話である。とは言えそんなことを師団長ともあろうものが口走っていていいものか。いや、よくない。
「オステルマン師団長閣下、そういう不用意な発言はしないで下さいね」
「お、おう。そんなバカなことはせんさ」
オステルマン師団長は苦笑いした。
「心配だ……」
しかし、勝てると思っている人間は正味シグルズくらいなものである。精々、敵にそれなりの損害を与えて講和に持ち込むための決戦、それが大半のゲルマニア兵の認識であった。
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