苦肉の策Ⅲ

「しかし、私はよく分からんが、たったの30両の戦車で勝てるものなのか?」


 ヒンケル総統は甚だ疑問を持っていた。戦車が非常に強力な兵器であるのは最早誰もが認めるところだが、いくらなんでもたったの30両で数万の軍勢をどうにか出来るとまでは思っていなかった。


「それについては……シグルズに聞いてみればいいのではありませんかな?」


 カイテル参謀総長は言った。


「そうだな。シグルズ、戦車を提案した君からすると、この戦いに勝ち目はあると思うか?」

「そうですね……まず、戦車と言うのは単独で戦うものではありません」

「そうなのか?」

「はい。戦車を中核とし、それを盾のように使いながら、多くの歩兵を伴いながら前進するのが戦車というものです」


 単独の戦車というのは非常に弱い。戦車は死角だらけで、そこから敵兵に近寄られて爆弾でもしかけられればお終いである。よって戦車は歩兵と組み合わせて運用されるのが常だ。


「なるほど。しかし、だとしても大した戦力にはならないのではないか?」

「そうですね。それでも精々1,500人程度の部隊にしかなりません」

「その程度では……」


 1個師団の10分の1でしかない戦力。いくら強力だからと言っても戦局打開の糸口になるとは思えない。


「いえ、閣下。戦車の役割は正面から馬鹿正直にぶつかり合うことではありません」

「どういうことだ?」

「戦車の役割は、敵の防衛線に穴を開け、その後方を脅かし、敵を攪乱することにあります」

「それはつまり――浸透戦術に似たものということか」

「はい。それを野戦でも、敵の正面からの突撃でも成し遂げられるのが戦車です」


 浸透戦術は敵の防衛線の脆弱な地点を狙って敵の後方に浸透し、その指揮系統などを脅かすものであった。


 だが戦車の場合、無論出来るだけ脆弱な地点は狙うが、敵の防衛線を真正面からでも打ち破れる突破力を持っている。浸透戦術と同様のことをかなり広範囲で成し得るのが戦車だ。


「そして、僕はこれを電撃戦と呼びます」

「電撃戦か……なかなか格好いい名前だな」

「こう見えて名づけには自信がありまして……」


 ――ドイツ人の方々に感謝!


 電撃戦、その名は地球でドイツ人が考えたもので、シグルズが考えたものなどではない。とは言えこの世界で最初に言い出したのはシグルズだ。その称賛は素直に受け取っておいた方がいい。


「それはともかく、想定される野戦において敵の前線を突破、敵を攪乱し、あわよくば敵の司令官を殺害し、敵を敗走させるのが、戦車の使い方となります」

「それは……それが無力であることは、ヴェステンラントとの戦争で分かったことではなかったか?」


 ヴェステンラント相手の戦争で、敵の司令官を殺しても現地の司令官が自立して動き、そのバラバラな軍隊ですらゲルマニア軍は撃破できないことが分かった。


 例え戦車で敵の司令部を破壊したとしても敵は十分に戦い続けられるのではないか。ヒンケル総統はそう心配しているのである。


「それについては、ダキア軍がそこまで洗練された動きが出来ないことに期待する他ないかと……」

「それはそうかもしれないが……」


 ヴェステンラント軍は予め司令部からの指示が途絶えることに備えていたから各個が独立して戦えたのである。従って、そのような事態が初めてとなるダキア軍ならば混乱して潰走するのではあるまいか。シグルズはそう予測している。


「勿論、敵が周到に事態に備えている可能性もあります。しかし、これに賭ける他に、我が軍が勝てる方法はありますか?」

「それは――ないだろうな。疑っていてもしょうがないか」

「はい。それに加えて、例え敵が浸透戦術を熟知していたとしても、昼間で真正面から戦線が突破される事態は想定していない筈です」


 浸透戦術というのは真夜中で敵の脆弱部を狙ったものだった。だが戦車ならば、敵の戦線を真正面から突破して司令部に突撃することができる。敵は間違いなく大混乱に陥るだろう。


「それと、まあ単純に、戦車を始めてみる人間が怯えもせずに平然と戦えるとは思えません」

「それもそうか。よかろう。戦車を用いての決戦、ローゼンベルク司令官、よいか?」

「はい。唯一勝機の見える方法。それが戦車を使うことであるのは間違いありません」


 無論、それは勝利を保証するものではない。精々勝利の可能性がゼロではないというだけの話だ。だがこれに賭ける以外の選択肢をゲルマニアは持ってはいなかった。


「つきましては、現在我が国が保有する戦車を全て投入することを提案いたします」


 ザイス=インクヴァルト司令官は煙草の煙を吹かせながら。


「それは……そうなのか? 予備くらいは残しておくべきではないのか?」

「その心理を突くのです。敵もまたそのように、我が軍が全ての戦車を投じたとは思わない筈。敵は更に多くの戦車が存在すると誤認し、以後の攻勢に慎重になります。時間の余裕が生まれるのです」

「なるほど。まあそこら辺は軍部に任せる。好きにしたまえ。鉄道も好きに使って構わん」

「ありがとうございます、我が総統」


 この不確実極まりない作戦に、ゲルマニアの興廃がかかっているのである。ダキア軍の戦略は非常に賢いものだった。

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