苦肉の策Ⅱ
「少し、話がずれてしまったようだな。ここで話を整理しようか」
「はい、総統閣下」
「まずは……外交的な手段で戦争を回避することには失敗した。そうだな?」
「はい。それは我々の不甲斐なさのせいです。申し訳ないありません……」
リッベントロップ外務大臣は消え入りそうな声で。外務省が何の役にも立っていないことに結構責任を感じているらしい。
「何、責めている訳ではない。外務省のお陰で大八洲の協力は得られたのだ」
「ありがとうございます……」
「うむ。では次に、戦争となったらどう戦うか。現状では全く兵力が足りていない以上、何とかする術を見つけねばならない」
「その通りです、総統閣下」
次はローゼンベルク司令官の出番のようだ。
「銃後の臣民を徴兵するという手も考えられるが、それではいずれ確実な死が訪れる」
「そ、そういう話でしたか?」
「聞いていれば分かるだろう。少なくとも今回は、何としても弾薬の生産量を維持しなければなるまい。現状の兵力だけで何とかする手を考えるのだ」
根こそぎ動員をした場合、その先に待つのは確実な――100パーセントの死である。100万の兵士がいても武器弾薬がなくては何の意味もない。
対して、今のままで勝てる可能性は極めて薄いと言わざるをえないが、その可能性は0ではない。その先に待つのは95パーセントくらいの死である。
なれば選ぶべきが後者であるのは間違いない。
「そ、その通りです、閣下。しかしどうするおつもりで……」
「それを考えるのだ。それが君の仕事だろう、ローゼンベルク司令官?」
「――はい。これはお見苦しいところをお見せしてしまいました」
「では、何か案のあるものは?」
ゲルマニアの選択肢は一つしかない。今いる12万の兵士で、塹壕も満足にない前線を支える方法を捻りだすのだ。
「だったら、我が装甲列車を使うのはどうでしょう!?」
クリスティーナ所長は総統に向かって大声で言い放った。
「装甲列車は確かに強力な兵器だが、線路のないところでは使えんだろう」
「た、確かに……」
「その程度のことを、労働大臣の君が忘れていたのかね?」
装甲列車の本来の用途は、どちらかというと敵地に攻め込んだ時の補給路の防衛である。普通は自分たちが攻め込まれている時に使うものではない。
「つ、つい……」
クリスティーナ所長は今度は顔を赤くして丸くなった。確かに装甲列車はゲルマニア防衛戦の時以来一度も使っていない訳で、使える機会があったら使いたくなるのだろう。
「そういう訳で装甲列車は却下だ。では次」
「では、私の方からよろしいですか?」
「何だね?」
ローゼンベルク司令官が手を挙げた。
「ダキア軍は、今回も決戦を挑んでくる公算が高いかと思われます。ですので、全戦力を集めてこちらも決戦を挑み、これを撃滅すれば、かなりの時間を稼げるかと。その間にシグルズ君の言うような国家総動員体制を整えるのも手かと」
「なるほど……。各個撃破されるよりは、マシかもしれんな」
互いに兵力を薄く展開する塹壕戦では、殆ど逆転の機会がない。が、決戦ならば、奇蹟に期待することも出来る。なんとも脆い戦略であるが。
「しかし……本当に文字通りの全戦力を結集するというのは流石に不可能でして……集められたとしても精々8万程度が限界であるかと……」
「…………そうか」
敵とほぼ同数。しかも野戦。勝てる気がしない。
かつてノルマンディア会戦で15倍の兵力を用意しながら敗北した経験が嫌でも頭に浮かぶ。
「では、同数の魔導兵に野戦で勝つ方法を考えようではないか、諸君」
これには流石の参謀本部も値を上げざるを得なかった。塹壕に引きこもってもなお一般に5倍近くの兵士を必要とするというのに、そんな条件で勝利を掴むことなど不可能だ。
と、誰もが思っていたが――
「我が軍にはまだ切り札があります。そうですよね、総統閣下?」
ザイス=インクヴァルト司令官は不敵な笑みを浮かべながらヒンケル総統に問いかけた。
「まさか、Ⅰ号戦車をここで使うとでも言い出す気か?」
「はい。今投入せずしていつ使うのです。この危機を脱するにはいかなる手段も躊躇うべきではありません」
「し、しかしな……クリスティーナ所長、戦車の用意は出来ているのか?」
「え、ええ。一応、先行量産型が30両ほど、完成しています。まだ一度も実戦に使ったことがない兵器ですけど……」
「だからこそ、敵を大いに驚かせることが出来るでしょう。そうすれば敵の統制に混乱を招けます」
「しかし……それだけでは意味がないのではないか?」
「それでよいのです。別段、敵を殲滅する必要はありますまい。意気揚々と進撃してくる敵の出鼻を挫ければいい話」
「なるほど。時間を稼ぐにはそれで十分か」
敵はまだ完全に体勢を整えた訳ではない。初戦でゲルマニアが勝利を飾れば、或いは内部崩壊を起こすかもしれない。そこまではいかなくても士気は低下し暫くは攻勢が収まるだろう。
その間に兵士を拡充し、西部と同じような塹壕戦に持ち込めばいいのだ。
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