混乱のゲルマニア

 ACU2311 1/5 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


 ダキア大公国いよる宣戦布告を受け、ゲルマニアは閣僚を大急ぎで集め、対策会議を開いていた。


「親衛隊は何をしていたのか!」「あれだけダキアの支配は安泰と豪語しておいて、何という体たらく!」「最初から軍に任せるべきだったんだ!」


 開始早々、飛び交うのは親衛隊への批判。それを受けるのはカルテンブルンナー全国指導者である。


「確かに、これは我らの失態です。しかしながら、仮に東部方面軍が統治を担当していたとして、この事態を防げていたでしょうか? どうです、ローゼンベルク侯爵?」


 カルテンブルンナー全国指導者は、東部方面軍総司令官のフランツ・ヨアヒム・フォン・ローゼンベルク侯爵に問いかけた。普段はやけに陽気でむさくるしいおっさんである彼だが、今日ばかりはそんな様子は見られない。


「それは……恐らく不可能だっただろう」

「か、閣下!?」「ぐ、軍の立場というものを……」

「諸君、親衛隊憎しのあまり、冷静さを失うな。今回のような状況では、東部方面軍がダキア統治を担当していたとしても、どうしようもならなかったことは明らかだ」


 そもそもゲルマニア軍は平地での野戦でヴェステンラント軍に勝てた試しがない。親衛隊にそれを成功させよと要求する方がどうかしている。


「そこら辺にしておけ。時間の無駄だ」


 ヒンケル総統は低く響き渡る声で言った。その声の前には、誰もが声を潜めた。


「さて諸君、我々はこの事態にどのように対処するのかを考えねばならない。違うか?」


 全員、無言で頷いた。


「ではまず、ローゼンベルク司令官、東部方面の情勢を説明してくれ」

「はっ。現状、我が東部方面軍が即座に動員できる兵力は12万ほど。そしてこれ以上の兵力を動員する当ては現状ないに等しい状況です」


 ゲルマニア軍は根こそぎ動員で兵力をかき集めているが、その殆どはヴェステンラント軍との西部戦線に回され、余裕はほとんどなかった。


「一方、敵が現状で動員している兵は2万人ほど。全て魔導兵です。これは最大で8万にまで膨れ上がる可能性があります。また敵の動員はかなり急速に進んでおり、最短で2週間以内に4万以上の兵を集められると考えられています」

「ダキアがそれほど早く兵力を集められるのは何故だ?」

「ダキア軍の指揮系統が、かなりの割合で生き残っていたからと推測されます。上層部の指揮機能は破壊したものの、ある程度より下の部分の指揮系統は残存しており、それを利用して速やかに全軍への指揮機能を回復したものと考えられます」


 つまるところ、ダキア軍はいくらかに分断されただけで、それ以上の破壊は行われていなかったということだ。それら分断された欠片を結集させれば、たちまち元のダキア軍が復活する。


「となると、このままでは東部で国境を守り切れない可能性があるということか」

「――そうなることもあり得ます。我々は十分な兵力を用意出来ていません」

「物量、か……」


 東部は塹壕も整備されておらず、かといって西部の兵力を動かす訳にもいかない以上、このままでは東部の国境線に大穴を開けられる可能性もある。


「兵士をかき集める方法か……こういうことは、シグルズ、君が得意ではないかね?」

「え、ぼ、僕ですか?」


 ヒンケル総統はシグルズに無茶ぶりをした。参謀総長やら閣僚やらの視線が一気にシグルズに集中する。


「え、ええと……まずは退役軍人の徴兵がいいのではないでしょうか?」

「退役軍人か。なるほど、悪くはない」


 退役してすぐの軍人であれば、現役の者と比べてそこまで体力に劣る訳ではないし、寧ろ経験を積んでいる分新兵などより遥かに有能な兵士として使える。


「それは、我々としては受け入れられません」


 労働大臣にして帝国第二造兵廠所長、ここでも相変わらず白衣を着ているクリスティーナ・ヴィクトーリア・フォン・ザウケル所長は毅然としてそう言い放った。


「ふむ。それは何故だ?」

「ハーケンブルク城伯の案は、つまり東部の労働者を召集して兵士として使おうということね?」

「はい。そうなります」

「それでは東部の生産計画に重大な遅滞と混乱をもたらすことになります。労働省としては、これは受け入れられません」

「しかし、このままでは東部そのものを失う可能性があるのだぞ?」

「武器弾薬がなければ東部方面軍もそもそも戦えないでしょう?」


 ゲルマニアは、輸送コストの削減の為、西部で使う弾薬は西部で、東部で使う弾薬は東部で生産することとしている。東部の工廠が機能を落とした場合、東部方面軍へ弾薬が行き届かなくなり、結局負けることになりかねない。


「西部方面軍から弾薬を融通することは出来ないか、ザイス=インクヴァルト司令官?」

「はっきりと申し上げますが、西部にそれほどの余裕はありません。ご期待はされない方がよろしいかと」

「――そうか。分かった」

「南部はどうか、フリック司令官?」

「南部にはそれなりの備蓄はありあすが……ガラティア帝国との関係改善に伴って南部方面軍は縮小傾向にありますから、向こう1ヶ月分くらいしかもたないかと」

「東部の備蓄と合わせれば、2ヶ月は戦える、ということか」


 兵力も武器弾薬も確保できる。2ヶ月だけならば、だが。当然そんな計画で戦争をするなど正気の沙汰ではない。

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