混乱のゲルマニアⅡ

「一応聞いておくが、前回のように1ヶ月でダキアを落とせるということは?」


 ヒンケル総統は誰にでもなく尋ねた。


「まあ、無理でしょうな。そもそもダキアを降伏まで追い込めるのかどうかすら……」


 カイテル参謀総長は答えた。今回の敵は多数の魔導兵を擁しており、時間に余裕を与えられたとしても、ダキアに攻め込めるかすら怪しい。


「だろうな。となると、我々は今滅びることが必至であるという訳か」


 ヒンケル総統はさも当然のようにそう言い放った。


「そ、そうですな……」

「さて、どうしたものか」

「…………」


 今を凌いだところで数か月後には確実な死が訪れる。そんな絶望的な状況に、ゲルマニアは立たされている訳だ。


「では、外務省より一つ、よろしいですか?」


 リッベントロップ外務大臣は言う。


「何だね?」

「恥を忍んで申し上げますが、外務省としては、即時停戦を提案いたします」

「即時停戦、か……」

「はい。この戦争は、我が国にとって何の利益ももたらしません。それに、この機にダキアを完全に開放すれば、ダキアにとっても我々にとっても大きな利益となります。ここはご一考を」


 リッベントロップ外務大臣はそうまくし立てた。


 ここでダキアを完全に開放することを条件として講和を結べば、帝国は存亡の危機を回避し、更には占領行政の手間も削減できる。


 ダキアとしても、そもそもの目的がゲルマニアからの干渉の排除なのだから、悪い話ではあるまい。目的のものが血を流さぬうちに手に入るのだから。


「と言うことだが、諸君はどう思う?」


 ヒンケル総統は、主に軍部の人間に問いかけた。これは講和というより降伏に等しいもので、国際的なゲルマニアの評判が落ちることは避け得ないし、軍の名誉にも関わる。


「軍部としては、リッベントロップ外務大臣を支持します」


 カイテル参謀総長は迷いなく。参謀本部としてもこの選択肢は検討済みであり、そしてこれを承諾することを決定していた。


「なるほど。大勢は決したな。リッベントロップ外務大臣、直ちにダキアとの停戦交渉に取り掛かりたまえ」

「はっ。それでは失礼いたします」


 リッベントロップ外務大臣は足早に総統地下壕から去っていった。


「で、これが上手くいけば万事解決であるが、しくじった場合、我々は何としても祖国を守り抜かねばならない」

「ええ。それが軍人の務めです」

「では諸君、何か策はあるか?」

「では私から言わせて頂きます」


 参謀本部でも一番の策士、西部方面軍総司令官、ザイス=インクヴァルト司令官は椅子から立ち上がった。


「魔導兵というものは、決してエスペラニウムさえあればいいというものではありません。魔導装甲や魔導弩がなければ、魔女を除いてまともな戦力とはなり得ないのです」

「その通りだな」


 シグルズやオーレンドルフ幕僚長やオステルマン師団長のようなものは例外なのである。大半の人間は魔法だけでは戦えない。魔法を効率的に戦闘能力に変換してくれる武器が必要なのだ。


「従って、今後もヴェステンラントはダキアに武具を供給し続けると考えられます。ダキアには魔導装甲の製造技術はありませんから」


 ダキアの魔法政策は長年、少数精鋭の魔女部隊を育てることであった。故に魔導兵の為の魔導装甲を量産した経験がなく、かつこの短期間でノウハウを習得するなど不可能だ。


 よってダキアの装備は今後もヴェステンラントからの輸入に頼らざるを得ないものと考えられる。


「ですので、この供給路さえ絶てれば、我が軍は容易に敵を壊滅することが出来ます」

「なるほど。確かに理に適った提案ではある。だが、どのように供給路を絶つのだ?」


 その供給路というのはダキアの綺麗に反対側から伸びている。それを絶った時は即ち、ゲルマニアがダキアを滅ぼす時に他ならない。


「確かに、我々がダキアとヴェステンラントの連絡を絶つことは不可能です」

「だったらどうして……そうか、大八洲にやらせるのだな?」

「その通りです。流石は我が総統」


 その連絡路というのは大八洲皇國のすぐ北にある。大八洲がその気になれば寸断するのは容易い筈だ。


「外交上は……リッベントロップ外務大臣は行ってしまったな……では、大八洲に行ったシグルズ君、どう思う?」

「また僕ですか?」

「一応は特使として派遣したのだ。君の所感を聞かせてくれ」

「そうですね……確証はありませんが、大八洲が我々に味方してくれる公算は高いかと」

「何故だ?」

「大八洲の指導者、上杉四郞晴虎は、異常なほどに正義を重んじる人間です。ゲルマニアが危機に瀕しているとなれば、必ずや手を貸すかと」


 晴虎はヴェステンラントへ攻め込むのには協力しないが、ゲルマニアが攻め込まれた時には協力するといった。そう約束した時はそんなことは起こらないと思っていたが、今がまさにその時なのである。


「ですので、大八洲に助力を求めるのは十分現実的な策かと」

「分かった。まあ頼むだけなら損などない。こちらも即座に……そうだ、外務大臣がいないのだった」

「で、ですね……」

「誰か、外務省に伝えにいってくれ」


 大八洲とダキア、双方に対する外交こそ、ゲルマニアの生き残る最善の策なのである。

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