宣戦布告Ⅱ
「それで――彼らは全員殺したのですか?」
「ああ。殺したが、何か?」
「いや、別に」
――わざわざ殺すこともなかったのにな……
仲が良かった訳では断じてないが、ある意味顔見知りではあった彼らが死んだのには、何とも言えない気分になった。まあそんな感傷に浸っている暇はない。
「ここに陛下がいらっしゃるということは、この騒動はあなたが?」
「ある意味正解であるが、正確ではない」
「では、どういう……」
「私は臣下の者共をダキアに送り、親衛隊の指揮系統を破壊させた。それを好機と見たダキア軍の生き残りがここに攻め込んで来て、お前たちを助け出そうとしてるのだ」
確かにダキア軍の蜂起を促したのは陰の国の軍勢であるが、ここキーイに攻め込んで来ているのは純粋なダキア軍の生き残りなのである。
「では陛下は単身でここに来られたと?」
「ああ。ここに忍び込むことくらい、造作もないことだ」
「なるほど。重ねて、感謝のしようもございません」
国家元首が護衛の1人も付けずに敵国で動き回るなど、正気の沙汰ではない。ニナが勝手にやったこととは言え、これはそれなりに恩義に報いる必要がある。
「まあ、いずれダキア軍がここに来るだろう。余はこれくらいで帰る」
「では、お気をつけてお帰り下さい」
「うむ」
そして瞬きをする僅かの間にニナは消えた。ピョートル大公とハバーロフ大元帥は数か月ぶりに自由の身となり、ダキア軍に迎え入れられた。
○
「殿下、この度はご無事でなにより」
「我ら、殿下にこの命を捧げる覚悟にございます」
クレムリの広場で、ピョートル大公に向かって大貴族たちが次々と跪いた。戴冠式をやっているような様子である。
「よろしい。よくぞ私の為にここまで来てくれた」
「はっ!」
「それで、どのくらいの兵が集まっているのだ?」
「現在、我々が知りうる限りでは、3万の魔導兵が結集しております」
「3万?」
ダキア大公国でそんな数の魔導兵を運用出来るほどのエスペラニウムは採れない筈だが。
「はい。ヴェステンラント人が我らに大量のエスペラニウムを与えてくれました。今はエスペラニウムが余っているほどで、これから更に兵士を結集し、魔導部隊を整備していくところです」
「そうか。しかし、武器や防具はどうなっているのだ?」
「それについてもヴェステンラント軍から大量の供与がありました。全ての魔導兵に十分に行き渡る量です」
「まったく、ヴェステンラントには足を向けて眠れんな」
前にニナが言っていたことは全て本当だったようだ。疑っていたのが恥ずかしくなるくらい、全てが円滑に進んでいる。
「殿下、これからどうします?」
ハバーロフ大元帥は小声で尋ねた。
「どうする、とは?」
「あまりいい話ではありませんが、今ならばまだ、各地の貴族が反乱を起こしただけと弁明することが出来ます。我々には何の実権もなかった以上、誰も我々を責められません」
「なるほど……」
よくよく考えてみれば、今回の騒動にはダキア大公国は一切関与していない。まだ地方貴族の反乱という域を出てはいないのである。
「ここで我々が動けば、それはダキア大公国の行動になる訳か」
「はい。それを決めるのは殿下です」
「そうか……」
最終的に引き金を引くのはダキア大公ピョートルだ。それは以前と変わっていないらしい。
「で、どうされますか?」
「決まっている。ここまで来て退けるか」
「では――」
「ああ。私は正式に、ゲルマニアに宣戦を布告する。すぐに外交文書を用意、それと指揮系統を再編せよ」
「はっ!」
○
ACU2311 1/2 ダキア大公国 戦時首都メレン
年が明けた。だが、エウロパの主要国で新年を祝っている暇がある国はない。特にダキア大公国ではものものしい空気が満ち満ちていた。
戦時首都にして城塞都市であるメレン、その中央に聳えるクレムリ(ダキア大公国には2か所ある)から、ピョートル大公は大勢の兵士を見下ろしていた。
「諸君、私はダキア大公ピョートル・セミョーノヴィチ・リューリクである! 私はここに、世界に対し宣言する。我々ダキア大公国は、真の自主独立を取り戻すべく、神聖ゲルマニア帝国に宣戦を布告すると!」
「「「おう!!!!」」」
まだ戦争準備は整っていなかったが、それはゲルマニアも同じ。なれば早々に広く戦争を布告し、挙国一致の総動員体制を整える方が肝要との判断である。
「およそ3年、我々はゲルマニアの手によって不当な苦痛を強いられてきた。だが、それももう終わった! 悪しき親衛隊は我々の母なる大地より追放されたのだ! だが、真の平穏はまだほど遠い。ゲルマニアが存在する限り、我々に平穏はない! 我が友邦、ヴェステンラント合州国は我々に大量のエスペラニウムと武具を送ってくれた! 3年前は後れを取ったが、今回の我が軍はゲルマニア軍をも撃滅する魔法の力を手に入れたのだ! 戦おう、諸君! ゲルマニアを滅ぼし、真の平和と平穏を!」
「「「おう!!!」」」
こうして第四戦線が生み出された。戦争は益々激化していくことだろう。
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