宣戦布告

 ACU2310 12/26 ダキア大公国 首都キーイ


「一体何が起こっているんだろうな……」

「ただならぬことが起こっているようではありますが……」


 キーイに軟禁されているピョートル大公とハバーロフ大元帥は、ゲルマニア親衛隊のただならぬ様子から何かが起こっていることを察していたが、それが何かは分からなかった。ゲルマニアの兵士に聞いても当然、何も答えてはくれない。


 また、街中の親衛隊員の様子がいつもと異なることから、キーイの一般市民も何かを察し始めていた。


「殿下は、その、どうされますか?」

「どうされるって言ってもな……今の私たちには何も出来ないだろう」

「それもそうでしたな」


 この国の最高指導者であるピョートル大公と軍の最高指導者であるハバーロフ大元帥であったが、この状況に何も出来ないでいた。


「ん? 外が騒がしいな」

「そうですね」


 その時、遠くから多くの人の叫び声が聞こえてきた。窓からではその様子は確認できない。


「何でしょうか?」

「喧嘩でも起こったのか……いや、これは……」

「銃声――です。銃声がします!」

「一体何が……」


 銃声がまず聞こえ出し、次いで剣戟の音や軍靴が石畳を蹴りつける音などが聞こえてきた。そしてそれらは明らかにここに近づいてきていた。


「大元帥、外は見えないのか?」


 大公はじれったそうに尋ねた。


「も、申し訳ありません。こんな低い窓からは何も……」

「仕方ないか……」


 彼らはクレムリの隣にゲルマニアが建てた安っぽい建物の中で執務をしていた。まあ簡単に言えば嫌がらせである。が、今日以上にクレムリの屋上に行きたいと思った日はない。


「外には――出れないか?」


 一抹の望みをかけて問うてみる。


「それは……」


 ハバーロフ大元帥は階段の下を覗き込み――


「無理そうです……」

「クッ……」


 相変わらず入り口はゲルマニア兵が守っており、とても丸腰の人間が2人だけで突破できそうではない。


 明らかに外で殺し合いが起こっているというのに、誰も何も言いにすらこなかった。避難を促すなり遠くに護送するなり、何かすることはあるだろうに。そうして所在なきままに2時間ほどが経過した。


「ピョートル大公とハバーロフ大元帥、いるか?」


 無礼極まる親衛隊員数名が、唐突に執務室に押し入ってきた。


「いるが、何か?」

「貴殿らには、ここで死んでもらうことになった」

「ふむ……」

「はあ!?」


 ピョートル大公は特に驚かなかったが、ハバーロフ大元帥は椅子から飛び上がる程に仰天していた。


 そして押し入ってきたゲルマニア兵は小銃を一斉に構えた。


「ここで処刑するのかね、君たちは?」

「ああ、そうだ」

「まったく、もっといい場所があるだろうに」

「こういう命令だ。仕方ない」

「で、殿下……」


 ピョートル大公はまったく動じていない素振りで会話を続ける。何としても時間を稼ぐ為である。幸いにして親衛隊員は大公と大元帥を殺すのに若干の躊躇があるようだった。


「では、最期に聞かせて欲しいのだが……」

「何だ?」

「どうして今になって急に処刑などと言い出すんだ? 外の騒ぎと関係があるのかな?」

「――まあいい。教えてやろう。外の騒ぎは、ダキア軍の残党の襲撃だ。親衛隊は正規部隊との戦闘には向いていない。親衛隊は防衛に失敗し、奴らはここを目指して進軍している。目的は大公と大元帥を救出することだろう。だから、今のうちに貴殿らを殺しておくしかないのだ」

「そうか……」


 ――なるほど、やはりか。しかし、ここからどう生き延びれるのか……


 味方が刻一刻と迫って来てくれてはいる。だが、仮にこの建物まで辿り着いたとしても、助け出される前に殺されるのは間違いない。彼らが引き金を引けば今すぐにでも殺される。


 ピョートル大公は時間を稼ぐことに努めたが、最終的にどう切り抜けようかは考え付けなかった。


「――敵が迫って来た。ここらで終わりにしよう」

「そうか。それは残念だ」

「で、殿下……?」


 親衛隊員はついに両名を殺すことを決意した。


「総員、撃ち方用意!」

「…………」

「――最期に言い残すことは?」

「今聞くのか? まあ、そうだな……最初に仕掛けてきたのはゲルマニアだと歴史書に書いておいてくれ」

「……分かった。では今度こそ、撃ち方用意!」


 最期の時間稼ぎの好機も逸し、ついに死する時が来たようだ。ピョートル大公とハバーロフ大元帥は覚悟を決めて黙り込んだ。が、その時だった。


「う――! あ、がぁ…………」

「な、何だ?」


 銃を構えていた兵士たちが突然苦しそうに倒れた。そして二度と立ち上がることはなかった。執務室の床は赤黒く染まる。全員が首を搔っ切られているようだった。


「こ、これは……」

「まったく、こんなところで簡単に死なれては困るぞ」

「その声は――」

「そうだ、余だ。女王陛下と呼ぶがいい」


 死体の上に、紫の外套を纏った少女が座っていた。いや、その姿がいきなり現れた。


「これは、陛下が……」

「うむ。お前たちに死なれては面白くないからな。助けてやった。礼を言え」


 まあ本当に命の恩人である訳で、礼を言うのはやぶさかではなかった。

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