メレン蜂起Ⅲ

 カルテンブルンナー全国指導者率いる親衛隊、およそ1,000が籠城する本部。彼らが善戦することおよそ2時間。


 親衛隊もその敵も、激しい戦闘で疲弊していた。互いに予備戦力などはなく、常に同じ人間が最前線で戦い続けているのだから、当然のことであろう。


「まだ援軍は来ないのか?」

「いえ、閣下。それが市内の各所で同じような暴動が発生してるとのことで……」

「そうか」


 メレン全体では4,000人ほどの親衛隊が配備されているのだが、どこもかしこも戦闘中であり、本部の救援に向かえる部隊は存在しなかった。


「しかし、君はこれを暴動だと思うのかね?」

「え? そ、そうではないのですか?」

「君は馬鹿かね? 暴徒がこんな武装を用意出来るとでも?」

「そ、それは……無理なのでは……」


 ヴェステンラントの正規軍のそれをも上回る性能を持った魔導装甲。そんなものをただの群衆ごときが持っている訳がない。


「で、ではこれは……」

「ヴェステンラント軍の攻撃だ」

「し、しかし……ここはヴェステンラント本土とは隔絶されているのですよ?」

「西はな。だが、東に遮るものはない」

「まさか、ヴェステンラント軍が突厥と元を歩いて突破してきたと?」

「それ以外には考えられまい。まあ、今度国境警備隊を処分することになりそうだな」

「はは……」


 恐らくは、高々1,000人程度のヴェステンラント軍の精鋭部隊が歩いてここまでやって来た。その程度の人数ならば、誰にも感づかれずにメレンを奇襲することも可能かもしれない。


 そしてそれを見逃した国境警備隊は責任者が何人か更迭されることになるだろう。


「さて、本国への連絡は済んでいる。今は我々が生き残ることを最優先に考えるべきだ。違うかね?」

「いえ。その通りです、閣下」


 襲撃者の正体が誰であるとか、そんなことを考えていられる余裕はない。今はいかにしてこの場を切り抜けるかを考えねばなるまい。と、思っていたのだが――


「か、閣下、大変です!」

「こんな時に何だ?」


 慌てた様子の兵士がカルテンブルンナーの元に走り込んできた。


「キーイやペトログラードでも同様の暴動が発生し、混乱が生じております!」

「なるほど。敵は本気で戦争をしようとしているようだ」

「本部に指示を請うておりますが、どうされますか!?」

「どうしようもあるまい。可能な限り籠城して時間を稼げと、全都市に通達せよ」

「はっ!」


 敵の目的はこの本部だけではない。ということは、敵の目的はダキアという国家規模のものだ。


「……敵はダキアを再び戦争に引きずり込もうとしているようだ」

「は……?」

「敵の目的はダキアの全親衛隊を無力化すること。そしてその先にあるのは、ダキア軍を再起させ、この戦争の――第四戦線を構築することだ」


 第一戦線はゲルマニアとヴェステンラント、第二戦線はルシタニアとヴェステンラント、第三戦線はゲルマニアと大八洲のものである。そこに新たなる戦線、ゲルマニアにとっては第二の戦線となるゲルマニアとダキアの戦線を作り出そうというのが、敵の狙いであろう。


「そ、そうなのですか……」

「そうでないのならいいが、我々は最悪を想定して行動すべきだ」

「それはまあ、そうですね……」


 そうなる可能性もある。そのことを本国に伝えれば、残った仕事は生き残ることだ。


「さて、この状況をどうすべきか」

「それは……」


 何とか耐え抜いてはいるが、こちらから反撃に出るなどもってのほか。残る手段は敵が魔力切れになるのを待つことだが、敵の実力が未知数である以上、期待するのは賢明な判断ではない。


 それにこちらの弾薬は底を見せ始めている。


「まあいい。最後の一兵となるまで、我々は降伏などしない」

「――はっ!」


 そうして彼らは戦い続けた。激戦が更に続くこと4時間ほど。たった一つの要塞でもない建物の争奪戦にしては異常な長さだ。


「弾薬は……残りどれくらいだ?」

「残りは2パーセントほどです。もうじき……」

「ふっ。意外ともったな」


 時間が経つにつれて彼らの戦い方は洗練され、弾薬の消費は最低限に収まるようになっていた。だがそれでも消耗は続き、ついには弾薬も完全になくなろうとしていた。


「閣下……やはり降伏はなされないのですか……」

「そうだな。降伏はしないが、逃げはする」

「と、言いますと……」


 逃げ場などない筈であるのだが。


「まあ、この建物には秘密があってな。私に従っていればよい」

「は、はあ……」


 カルテンブルンナー全国指導者は、ついに抵抗を諦めた。


 ○


「よし。突破しろ!」

「突っ込め!」


 ついにゲルマニア軍の抵抗がなくなった。これを好機と判断し、ヴェステンラント軍は3階へと突入した。


「ま、また……」

「もぬけの殻――だな」


 しかし、そこには誰もいなかった。数百の死体と薬莢が散乱する廊下は静まり返っていた。


「探せ! どこかに隠れている筈だ!」

「はっ!」


 彼らはゲルマニア軍の将兵、特にここにいると思われる親衛隊全国指導者を探した。だが、ついに誰も見つからなかった。


「い、一体どうなっているんだ……」

「分かりません……突然、消えたとしか……」


 結局彼らは、カルテンブルンナー全国指導者どころか捕虜の1人すら取ることが出来なかった。

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