第十八章 ダキア蜂起

メレン蜂起

 ACU2310 12/20 ダキア大公国 戦時首都メレン ゲルマニア親衛隊ダキア派遣軍本部


 冬のダキアは冷え切っている。都市は雪に覆い尽くされ、人々は最低限の外出の他は家に引きこもっており、どこもかしこも静かだ。こんな寒さの中でも夏と変わらず警邏を続けている親衛隊員を除けば、だが。


 さて、戦時首都メレンは、ゲルマニアとの戦争に突入した際、ゲルマニアとの国境にあまりにも近過ぎる本来の首都キーイに代わって首都機能を果たすべく建設された城塞都市である。故に、ダキアに存在する都市、城塞の中でも最強の防御力を誇っているのがこの都市である。


 軍事的に見ればこの都市は紛れもなくダキアの核心。故にユリウス・マルクス・カルテンブルンナー全国指導者は、ダキアを支配する親衛隊の本拠地をこの都市に置いていた。


 普段通りに反乱分子を即決裁判で処刑したとの報告が点々とやってくるだけで、カルテンブルンナー全国指導者は退屈していた。が、その日は様子が違った。


「カルテンブルンナー閣下! メレン西部にて大規模な暴動が発生しました!」

「何? 君たちはそんなものが起こるのをみすみす見逃したというのかね?」


 対処がどうこうというより先に、カルテンブルンナー全国指導者は不快感を露わにした。


「も、申し訳ございません……」


 彼はただの伝令なのだが、素直に謝っておくのが吉と判断した。


「まあいい。処分は追々伝えよう。それで、対応は?」

「はっ。それが、西部の部隊およそ3,000が鎮圧に向かいましたが、苦戦しているとのことで……」

「苦戦? 民衆ごときに我が親衛隊が?」

「そ、そのようです……」

「…………」


 カルテンブルンナーは暫し黙り込み、伝令は生きた心地がしなかった。


「……我々が為すべきは、鎮圧ではない」

「は……?」

「我々が為すべきは殲滅だ。逮捕しようなどと考えるな。反乱分子は殺し尽くせ。そう伝えろ」

「――はっ!」


 カルテンブルンナーは、苦戦とやらの原因が、現地の司令官が蜂起の参加者を逮捕しようとしているからだと判断した。生きたまま捕まえるのは殺すより遥かに難しい。なれば、とっとと機関銃で殲滅せよと命じたのである。


 が、そういう話でもなかったらしい。


「まったく。ダキア人などという劣等人種に肩入れをして――」

「閣下! 大変です!」

「今度は何だ?」

「西部軍の包囲網が、突破されました!」

「突破? 君は一体、何を言っているのだ?」


 そんなことはあり得ない。ただの民衆ごときがゲルマニア軍の防衛線を突破するなど。


「し、しかし、敵はどうやら魔導兵を擁しているようでして……」

「魔導兵? 間違いないのか?」

「はい。確実な情報であるかと」

「ふむ……」


 となると、旧ダキア軍の魔導士が関与しているということだろう。それが事実ならばまあまあ厄介ではある。


「あ、そ、それで、ですが」

「何だ?」

「敵はここを目指しているようです!」

「ここ?」

「はい。この本部をです!」

「なるほど……」


 敵ながら合理的な判断だ。まずは頭から潰すというのはどんな時代においても通用する戦術である。


「ここに攻め込んでくるというのは間違いないだろう」

「で、ではどうすれば……」

「決まっているだろう。速やかに本部の防御を固めたまえ」

「はっ!」


 ○


 親衛隊というのは社会革命党の軍隊であるが、その割には実戦にも幾度となく参加し、最新の装備を与えられて厳しい訓練を積んだ最精鋭部隊である。そんな彼らであるからこそ、対応は早かった。


 3階建ての本部は、各階の全方面に多数の窓が設置されている。これはいざとなった時に窓から銃口を出して応戦しやすくする為の工夫である。また防御上の弱点を減らす為、入り口は正面玄関以外に存在しない。


 2、3階の窓からは機関銃と小銃が顔を覗かせ、正面玄関はバリケードの後ろの多数の機関銃を設置して防御を固めた。今や本部は、魔法を持たない民衆であれば一瞬で蜂の巣になり、魔導兵であっても突破は出来ない堅牢な要塞と化した。


「閣下、まもなく会敵します」

「分かった。……本部の正面を開けた道にしなかったのは失敗だな」

「まったくです」


 本部へと至る道は入り組んでいるから敵が姿を見せる時にはかなり近距離であり、機関銃のせっかくの射程をあまり生かせない。とは言えカルテンブルンナー全国指導者は何も焦っていなかった。


「来たな」

「はい」


 曲がり角から馬に乗った魔導兵が姿を現した。


 ――初めて見る敵だな。


 その魔導装甲は禍々しい紫色に染められており、更には既知の魔導兵と比べるとかなりの重装甲であるように見えた。


「まあいい。総員、撃ち方始め」


 数十の機関銃、数百の小銃が一斉に火を噴いた。銃声は都市の隅々にまで響き渡り、舗装された道がたちまち瓦礫だらけになるほどの大火力だ。


 しかし敵は生きていた。豪雨のような弾丸を、その魔導装甲は跳ね返していたのだ。その姿は悪魔のようであった。


「何だと?」

「か、閣下! どうされますか!?」

「銃撃は続けさせろ。それと、屋内での戦闘の用意を」

「はっ!」


 何人かを殺すことは出来た。しかし次々と押し寄せる敵の勢いを挫くことは出来ず、兵らの奮戦虚しく、敵は正面玄関のバリケードを打ち破り、本部の中に侵入した。

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