ダキアとヴェステンラントⅢ

「まあそういう訳だ」

「分かりました。ではヴェステンラント合州国は我が国にエスペラニウムを供与して下さるとのことでよろしいのですね?」

「そうだ。大突厥を降した今、ダキアとヴェステンラントは陸続きも同然」


 大八洲の北にある大国――北元國は既にヴェステンラントの傀儡である。その西の大突厥を降してしまえば、ダキアとヴェステンラントはアストラハヤ(地球で言うところのシベリア)を通って行き来することが出来る。


「お前たちはまだまだ兵力と国力を温存している。それに、戦争が終わればダキアのよき待遇は約束しよう」


 ヴェステンラントにとってはダキアの土地や資源など、あってもなくても変わらないものだ。千五の好待遇というのは恐らく嘘偽りのない言葉。


「で、ですが大公殿下、いくらヴェステンラントといっても、まさかただでエスペラニウムを分けてくれる訳ではないと思いますが……」


 普通はニナに向かって問うべきところ、ハバーロフ大元帥はピョートル大公に向かって尋ねた。直接ニナに言いたくはないというビビりの戦術である。


 が、ピョートル大公が反応するまでもなく、応えたのはニナであった。


「心配は要らん。お前たちには何も要求しない」

「そ、そんなこと――」

「余ったものをっ譲ってやるだけだ。それに値を付けるほど、我々はケチではない。ついでに運送料も私が払ってやろう」

「ほ、本当ですか?」

「しつこいぞ、大元帥とやら。そんなんだからゲルマニア相手に一瞬で負けるのだ」


 ニナは心底不愉快そうに。自分が信用されていないのが気に障ったらしい。そこら辺はやはり子供だ。


「それで、一体どのくらいの量をお譲り下さるのですか?」


 ピョートル大公は尋ねた。


「そうだな……8万人分程度はくれてやろう」

「8万……」

「そうだ。我が国の大公国1つ分のエスペラニウムをくれてやる。兵士の数ならば有り余っているだろう?」

「ええ。兵士を用意することは出来ますよ」


 ダキア軍の兵士は有り余っている。8万人程度を動員するのは難しいことではない。ダキアの指揮系統がきちんと機能しているのであれば、だが。


「しかしながら、現状我が国はゲルマニア親衛隊が牛耳っています。武装蜂起の一つすら起こせないというのが実際のところです。それをどうしろと仰るのですか?」


 エスペラニウムを輸出してくれても、それを受け取ることすら出来ない。それがダキアの残念な現状である。


「それについては――まあ時を待つがいい。いずれ、その時が来れば分かる」

「と、言われましても、それではこちらで備えも出来ない訳ですが……」

「気にするな。その時になれば、分かる」

「そこまでして情報が漏れるのを気にしておられるのですか?」

「お前たちもこの方が面白いだろう?」


 ニナはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「……分かりました。女王陛下の仰られるのでしたら、信用致しますよ」

「それでいい。お前たちは気持ちの用意でもしておけ」

「分かりました。他にお話は?」

「特にない。余はもう帰る。また会おう」

「え、ええ」


 すると次の瞬間にはニナは消えていた。さっきまでいたものがまるで幻だったかのように。


「はあ……」

「はあ……」


 ニナがいなくなって、ピョートル大公とハバーロフ大元帥は揃って溜息を吐いた。彼らは自分たちが考えていたより緊張していた訳である。


「あれ、でも女王陛下は透明になれるんでしたよね?」

「恐らくは――あ……」


 ――ここにいるのでは?


 それに気づいた瞬間、両名は硬直した。体感時間にして数分、実際は数十秒だけだったろうが、両名は部屋中に目を泳がせていた。だがニナがいるような気配はついに感じられなかった。


「ど、どうやら本当にいなくなったようですね」

「そう、だな」

「しかし、ヴェステンラントは本当に我々を助けてくれるのでしょうか?」

「さあな。分からん」

「はあ……」

「しかし、それでいいではないか。我々はここで情勢を静観していればいいんだ。助けが来なかったらそれはそれで、何事もなかったかのようにゲルマニアに従っていればいい」

「なるほど……」


 一見ふざけているように思えるニナの命令であったが、案外合理的であったようだ。ダキアはそもそも何もしないのだから、ゲルマニアにバレることもない。


 ダキアからするとあまりにも美味しい話だ。


「しかし……仮に武装蜂起が出来たとしても、我が国の訓練を受けた魔導部隊は1万人程度しかいませんし、意味はあるのでしょうか?」


 エスペラニウムを受け取ったとて魔法を扱える人材がいないという問題があった。


「それはそう問題にならないと思う」

「ど、そうしてですか?」

「ヴェステンラント軍は大して訓練など積んでいないらしい。そう考えれば、訓練不足については問題ないだろうな」


 実際、ヴェステンラント軍で専門的な訓練を積んだ兵士などほんの一部だ。そのほとんどは戦争になったら召集されるだけの農民兵である。訓練がどうとかいう話については心配することはないだろう。


「なるほど。では武器と防具の不足については?」

「それは……知らん」

「知らんって……」


 これについてはどうしようもなかった。魔導弩や魔導装甲に頼らずエスペラニウムだけで戦えるのは、それこそ専門的な訓練を積んだ兵士だけである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る