ダキアとヴェステンラントⅡ

「だ、誰だお前は!? 大体、どうやってここに来た!? 外にはゲルマニア兵の監視ついてるんだぞ! どうやってかいくぐって――」

「まあまあ落ち着け、ハバーロフ大元帥」

「で、ですけど……」


 混乱しているハバーロフ大元帥を、ピョートル大公はなだめた。とは言え彼も、この少女が一体何者なのかは検討もつかなかった。


「ふむ。では問おう。君は誰だ?」

「余か? お前たちは余を知らぬのか?」

「知らぬ、な……」


 ――いや、まさかな……


 ピョートル大公もハバーロフ大元帥も、少女の纏った紫の外套には見覚えがあった。それはヴェステンラント合州国、陰の国の色であり、特にそれを全面に使った服を着ることが許されるのは王族のみである。


 その見た目から考えると、ここにいる少女は陰公、或いはヴェステンラント女王ということになるのだが、まさかそんな筈はない。


「そういう様子には見えぬが?」

「――これは戯れに過ぎないが、まさか君はヴェステンラント女王ではあるまいな?」

「ふむ、そうだが? 我こそはヴェステンラント女王、ニナ・ヴィオレット・イズーナ・ファン・オブスキュリテ・ド・ヴァレシアである」

「…………本気か?」

「ここにいるということ自体が、その証拠ではないのか?」

「……確かに」


 潜入や工作というのは、単純な破壊より遥かに難易度が高い。姿を完全に隠す魔法などヴェステンラントでも数名の人間しか使えないのだ。


「だ、だったら、外の兵士を殴り倒して入って来たんじゃないのか?」


 ハバーロフ大元帥は言った。確かにそれなら低級の魔導士でも可能ではある。


「では外の様子でも見てくればどうだ?」

「ああ。そうさせてもらおう」


 ハバーロフ大元帥は部屋から外に出て、見張の兵の様子を見に行った。しかし彼らはいつも通りの警備をしていて、いきなり出てきたハバーロフ大元帥が少々怪しまれただけであった。どうやら本当に姿を消す魔法を使えるらしい。


 こんな馬鹿げたことが出来る時点で、彼女がヴェステンラントの王族の人間であることは明らかだ。ならば女王でなかったとしてもヴェステンラントの意志を代表していることに違いない。


 であれば、女王ということにしておいて損はない。


「……どうやら、本物のようですね」

「そう言っているだろう」

「分かりました。女王陛下」


 ピョートル大公は立ち上がり、机の上に行儀悪く座るニナに深々と頭を下げた。ハバーロフ大元帥もあわてて彼に倣う。


「座るがいい」

「はい。――それで、ヴェステンラント合州国の女王陛下ともあろうお方が、何ゆえにこのような辺境の地までいらっしゃったのですか?」

「ああ。お前たちには力を貸してやることにした」

「力を貸す……?」

「現在、ヴェステンラント合州国はゲルマニアと大八洲と同時に戦わされている。これは実に不愉快だ。それ故に、ゲルマニアにも同じ目に合ってもらおうと思ってな」

「なる、ほど……」


 言わんとすることは分かった。つまるところダキアを再び戦争に引き入れ、ゲルマニアと戦わせようということだ。そこでダキアに力を貸してやろうというのだろう。


「しかし……力を貸すと仰いますが、何をどうするおつもりですか?」

「我が国が持て余しているエスペラニウムを分け与えてやろう。無論、金など要らん。お前たちには血を流してもらえばそれでいい」

「それはそれは……」


 戦えと言えばいいものの、わざわざ血を流せなどという。しかしピョートル大公に反論することは出来なかった。


「し、しかし――我が国とヴェステンラントは遠く離れた国ですよ。どうやってエスペラニウムを運び込むおつもりですか?」


 ハバーロフ大元帥は尋ねた。と言うのも、大八洲を抜きにしてもダキアの東には大突厥や大元國があり、西はゲルマニア領スカディナウィアに塞がれている。


「ま、まさか北極を陸路で運ぶおつもりで!?」

「――そんなこと言ってないだろうが」

「で、ではどやって……」

「ダキアから見れば東から運ぶ」

「ですが、あの突厥の蛮族どもがそんなことを許すとでも――」

「心配は要らん。奴らは既にヴェステンラントに降伏した」

「は?」

「余が単身で乗り込んで、奴らの王を降伏させた。それで終わらせたのだ」

「は、はは……」


 ハバーロフ大元帥は苦笑いで応えた。それは流石に冗談でしょうと。だがニナはニヤニヤと笑うだけであった。


「ま、まさか本気で……?」

「女王陛下ならばあり得ないことでもないだろう。なあ。ハバーロフ大元帥」

「ええ……?」

「まあそういうことだ、大元帥とやら」


 実際、ニナは本当に一人で大突厥の可汗を降伏させている。


「で、ですが、そんなことが出来るというのであれば、女王陛下がいらっしゃれば戦争は終わるのでは?」

「ふん。お褒めにあずかり光栄だが、まあ相手がよかったものでな。あの蛮族どもは余の首を取る為に剣で斬りかかってきたが、余に近づける者はなど存在しない」

「は、ははは……」


 ハバーロフ大元帥は笑うしか出来なかった。

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