強襲Ⅲ

「死ね!!」


 1人が晴虎に背中から斬りかかった。


「がっ……」


 しかし、その者が晴虎を殺す前に、その額に刃が刺さり、後頭部まで貫いた。他の襲撃者から見れば、前にいた者の頭から剣が生えてきたように見える。


「クソッ! どうなってやがる!!」

「とっとと殺せ!!」


 部屋の後ろには結構な数の賊が控えていたようで、狭い隙間から次々と後続が押し寄せてきたが、晴虎に近づいた順に頭に刀をぶっ刺され、死体を折り重ねていった。


 そうしているうちに、気付けば襲撃者の数は10を切っていた。


「こ、こんな、馬鹿な……貴様は背中に目でもついているのか!?」


 襲撃者を率いていたと思われる男が、朔に向かって乱暴に尋ねた。しかし朔も、こればかりは何が起こっているのか分からなかった。


「いえ、わたくしはただ前にいる者を殺しただけなのですが……」

「は? ふ、ふざけるな!」


 どうやら朔の本心は、後ろからかかってこようと殺すのは造作もないことだと言わんとしていると解釈されたらしい。彼は逆上して朔に襲い掛かろうとする。


 が、その時、場違いな感じで声を上げる者がいた。


「あのー、それは僕がやったのですが……」


 シグルズである。シグルズは晴虎に背後から襲い掛かる敵に刀身だけの剣を投げつけて正確無比に殺していたのである。


「は……? な、何を言ってるんだお前?」

「その、あんまり知られていないみたいなのですが――僕は一応レギオー級の魔女とかとも戦ったことがある魔導士です、はい。まあこういう感じで」


 シグルズは立ち上がって手のひらを天に向けると、天井にギリギリ届くか届かないかの炎を生成して見せつけた。


「な……」


 襲撃者たちは唖然としてすっかり戦う意欲を失っていた。大八洲で最強の武士である朔とシグルズが一緒になってはどう足掻いても勝てないと悟ったのだ。


 ちょうどその時、城門から兵が戻って来た。


「こ、これは何があったのですか!?」


 畳や襖は血みどろになっており、数十体の死体が散乱している。驚かれるのは無理もない。


「後で皆には話す。それより、まずはそこにいる賊どもを捕えよ」

「え、は、はっ!」


 状況はよく分からなかったが彼らはよく動き、僅かな生存者は牢へと送られた。襲撃はこれにて一件落着である。


 流石にこんな血生臭い場所では話も出来ないと、晴虎と朔とゲルマニアの一行は、元の部屋より少々狭い屋敷に移動した。


 晴虎と朔が前に座って他が下座から見上げるいつもの配置――になる前に、朔はシグルズの近くににじり寄って話しかけた。


「シグルズ様、此度は助かりました」

「いや、僕はゲルマニアの利益を考えただけですよ」

「理由がどうであれ、晴虎様を助けて頂いたことに変わりはございません。心より御礼申し上げます」


 朔はシグルズに向かって深々と頭を下げた。


「い、いや、そんな、頭を上げて下さい」


 立場としては圧倒的に高い朔に頭を下げさせるのは、流石に気が引けた。それにシグルズは本当に大したことはしていない。敵はヴェステンラントの精鋭たちと比べれば雑魚同然だった。


 シグルズに言われて朔はたっと頭を上げた。


「この御恩は決して忘れませぬ。いつか必ずお返し致します」

「で、では、そういうことで」


 こういうのを断ると逆に面倒なことになる。幸いにして約束は具体性のないものであるから、シグルズは取り敢えず受けておくことにした。


 朔は一礼すると晴虎の横の定位置に戻った。


「さて、思いもよらぬ邪魔が入ってしまったな。しかし、皆無事で何より。そしてシグルズは、大儀であった」

「はっ……」


 しかし、命の恩人であるというのに、晴虎はそれ以上のことは言わなかった。晴虎の傲慢なところが見え隠れする。


「しかし、晴虎様はどうして我々をここまで呼ばれたのですか? 既に話し合いは決裂したものとばかり思っていましたが……」


 リッベントロップ外務大臣は言った。確かにこれ以上交渉することはない。


「気が変わった」

「は……?」

「気が変わったのだ、我は。シグルズの大義に免じ、ゲルマニアの不義は問わぬこととした」

「そ、それは……ありがたき幸せです」


 ――よくやった、シグルズ!


 リッベントロップ外務大臣は大喜びしていた。全く予期せぬ事態だったが、流れはゲルマニアに味方している。


「しかし、盟までは結ばぬ」

「え」

「即ち、我らが何かをせねばならぬ、ということは断じて許さぬということだ」

「分かりました……」


 外務大臣はがっかりした。その感情が表に出てしまうくらいには。


 同盟というのは基本的に何らかの義務を生じさせるものだ。最も基本的なものとしては、同盟国が侵略を受けた場合に共同で防衛にあたる義務がある。


 晴虎は、そのような拘束を一切許さないと宣言したのである。全ては大八洲の都合に合わせさせてもらうということだ。


「しかし、我は出来得る限りの助力を行う。貴殿らが攻めるというのなら、我らも息を合わせて攻め込もう。その為に、互いに信を通ずる方法も練ろう。それでよいか?」

「はい。晴虎様のお心遣いには感謝のしようもございません」

「世辞など言わずともよい」


 最低限だが、協力関係までは築くことが出来た。そしてこれ以上を要求するとまだ逆上されかねないと、リッベントロップ外務大臣はこれで引き上げることにした。

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