強襲Ⅱ

「さて、どうかしら」


 曉は死体に近寄ると、その外套を乱暴に剥ぎ取った。


「白人。それにこの鎧はヴェステンラントのもの……」

「そのようですね」


 死体は白人で、纏っていた魔導装甲は明らかにヴェステンラント製のものであった。武器などもことごとくヴェステンラント製のものである。


「そう……つまりはあのクロエとかいう奴が手引きしていたということね」

「汚いことを考える奴らですね。晴虎様に申し上げたら、どれほどお怒りになるか……」


 和議を結ぶ為の使者だと偽って晴虎に近づき、晴虎の場所を手の者に伝えて暗殺しようとした。事実だとしたらヴェステンラントという国の信頼を地に落とす行為である。


「まあ、これで決まりね。晴虎様にご報告を」

「はっ。ただいま」


 城を襲った賊について、曉はことの一部始終をこと細かく報告させた。


 ○


「――と、このようであったそうです」


 その報告を、朔は晴虎に小声で告げた。みるみるうちに彼の心は怒りに満ちた。


「義に悖る者には……死、あるのみだ」

「――はい、晴虎様」

「ど、どうされたのですか?」


 いきなり殺気立った晴虎に、リッベントロップ外務大臣はおずおずと尋ねた。


「この賊どもはヴェステンラントの差し金であった」

「なるほど……」

「後は、語らずとも分かるな?」

「はい。分かりますとも」


 これはゲルマニアにとっては朗報であった。こんなことをされて晴虎がヴェステンラントと和議を結ぶなどあり得ない。大八洲が単独講和をして戦争を離脱するという最悪の事態は、何もせずとも勝手に回避されたのである。


「奴らは既に我が臣下の者共がねじ伏せておる。後始末が終わるまで暫く、ここにいるとよい」

「ありがたきしあわ――」

「晴虎はここか!!?」

「な、何?」


 その時、入り口の襖がけ破られ、数十人の外套を纏った男が雪崩れ込んできた。男たちは誰も逃げられないように入り口を固める。


 しかし当の晴虎は何ら焦ることもなく、泰然として座っていた。ここまでされても平然としていられるのは、流石に晴虎だけであった。


「お前が晴虎か!?」

「いかにも。我こそが晴虎である」

「そのお命、頂戴する! 覚悟せよ、晴虎! 皆、かかれ!」

「「おう!!」」


 男たちは正々堂々という言葉を知らないようで、晴虎と朔のたった2人に対して一斉に襲い掛かった。ゲルマニア人たちは完全に無視されていた。


 ――これは戦うべき、だよな……?


 自分たちに危害が与えられる様子はない。襲撃者の目的は明らかに晴虎だ。それにシグルズの任務はリッベントロップ外務大臣などの護衛である。


 しかし、仮にも味方側の最高指導者が殺されてようとしている状況を見過ごすのは普通に考えておかしいし、晴虎が死んで大八洲が混乱するのはゲルマニアにとっても不利益である。


「覚悟っ!」


 シグルズが迷っている間に、襲撃者の一人が晴虎に斬りかかった。晴虎は観念したかのように穏やかに座っていた。


 ――マズいっ!


 シグルズは立ち上がり、魔法で襲撃者を殺そうとした。しかし――


「え?」

「な、何だ!?」


 その男の首は、気付いた時にはもう落とされていた。誰も何が起こったのか分からない。鎌鼬がやったのだと言われても納得するような、一瞬の出来事であった。


 体と首が別々の方向に転がっていく光景に、襲撃者たちは一気に血の気を失った。


「あ、相手はたったの2人だ! 一斉にかかれっ!!」


 震える声で誰かが叫んだ。


 ――いや、一応僕もいるんだけどな……


 ヴェステンラントでもそれなりに名が知れている筈の自分が無視されたシグルズは悲しくなった。


 襲撃者たちは恥も外聞もなく晴虎を数で押しつぶそうとする。だが誰の刃も晴虎に傷一つ付けることは出来ず、気付いた時には死体の山が出来ていた。


「シグルズ、これは何なのだ……?」

「シグルズ様……な、何が起こっているのですか……?」


 リッベントロップ外務大臣とヴェロニカは酷く困惑したように尋ねた。


「いや、それは僕にも……多分あの黒い服の子だと思いますが」


 しかしシグルズにも何が起こっているのかまるで分からなかった。


 気付けば襲撃者の数は半分にまで減っていた。


「こ、この……」


 その時、沈黙を保ってきた朔がついに口を開けた。


「これ以上戦うというのなら、一人残らず根切りに致します。死にたいと仰るのならそれでもよろしいですが……」

「ふ、ふざけやがって!」

「ふざける? わたくしは真面目に忠告を差し上げているのですよ?」


 そんな会話をシグルズの頭の上でする者たち。シグルズは一体どういう気持ちで聞いていればいいのだろうかと悩む。


「く、クソッたれが! お前たち、殺せっ!!」


 やけくそになった襲撃者たちは残った者全員で晴虎に突撃した。当然、晴虎に近づいたものから死んでいく。


「愚かな……」


 死体を見下ろしながら、晴虎は蔑むように零す。が、その時だった。


「もらった!!」


 晴虎の背の壁が崩れ、数人の刺客が姿を現した。


「何!?」

「よし!」


 朔は正面の敵の処理で手一杯だ。均衡は一瞬で崩れ去ったのである。


「死ね!」

「晴虎様っ!!」


 朔は悲痛に叫んだ。そして彼らは晴虎に斬り掛かった

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