強襲

「晴虎様! 敵の数はおよそ千! 馬に乗り、ここに迫っております!」


 物見の兵が大急ぎで晴虎の元に駆け込んできた。


「それで、どこの兵だ?」

「そ、それが……全てが黒い母衣を纏っておりまして、よく分かりませぬ!」

「――相分かった。曉よ、兵を集め、この城を守れ」


 部屋に詰めていた武士たちと白い装束の少女は一斉に立ち上がり、まるで事前に計画していたかのような素早い動きで城門の防衛に向かった。そうしてシグルズたちゲルマニアの使節団と晴虎と彼の隣に座っている黒い少女だけが残されることとなった。


「この城だけで、よろしいのですか?」


 黒い装束を纏った少女、上杉家の侍大將、長尾左大將朔は、晴虎に尋ねた。普段の彼ならば城下町の民を守るために外堀を守るように命じる筈なのだが。


「仕方があるまい。諸大名の屋敷はこの城より遠く、今我が動かせるのはここにいるもの」

「承知致しました。それではここは曉に任せるとしましょう」


 非常事態だというのに、晴虎と朔は泰然として同じ場所にゆったりと座っていた。


「ああ、ゲルマニアの者共にあっては、ここにいるがいい。我の臣下の者共が、たかが千人程度の賊に負けはせぬよ」


 と、晴虎は思い出したようにリッベントロップ外務大臣に告げた。大層な自信である。


「それでは、お言葉に甘えて、ここにいさせて頂きます」

「それがよい」


 リッベントロップ外務大臣も晴虎も、流石にこの状況でいがみ合うことはなかった。ゲルマニアの一行は、ここで事態が収まるまで待機することとなった。


 ○


 一方その頃、城門にて。長尾右大將曉の率いる精鋭数百騎は城門の櫓に入り、ほとんど完璧といっていい防御の体勢を整えていた。


「曉様、来ます!」

「そう。皆の者、気を引き締めなさい!」


 やがて、城下町の人々や店などには目もくれず、報告通りに黒い外套で全身を隠した騎馬隊が城門に突っ込んできた。


「本当に何なのかしら」

「ああも姿を隠していては分かりませんね……」

「まあいいわ。晴虎様に弓引く者は全て殺しつくす! 放て!」

「「「おう!!!」」」


 騎馬隊を雨あられのような矢が襲う。大八洲の武士の狙いは極めて正確であり、また威力も高い。周囲の建物にはほぼ被害を与えず、かつ敵兵を一撃で脳天足元まで貫き、次々と殺していった。


「敵も撃ってきます! 弩です!」


 騎馬隊は味方の損害など気にせずに馬を走らせながら、弩で櫓を攻撃してきた。直線に進む矢が、櫓に構える武士を真正面から狙う。数名は頭や胸を撃ち抜かれて即死した。


 ――そう。ヴェステンラントの差し金ね。


 その戦い方を見て、曉は姿を隠した敵がヴェステンラント兵であると確信した。ならば一切の容赦をする必要はない。


「構わないわ。撃ち続けなさい!」

「はっ!」


 武士が怯むことはなく、歴戦の動きで矢を番え、引き、放ち続けた。


 同じ人間であっても立ち止まって射るのと馬上から射るのでは精確性は雲泥の差である。しかも武士とヴェステンラント兵ではそもそもの練度が違う。


 圧倒的な正確さでヴェステンラント兵を撃ち抜いていく武士に対し、ヴェステンラント兵は数十本に1本が当たるという始末。こちらが1人殺される間に10人は殺した。


 だが、それでも敵の動きが止まることはなかった。


「敵は門に迫っております!」

「チッ……いいわ、門など開けさせなさい。刀で全員斬り殺すのみ」

「はっ」


 曉はあえて城門の水際防衛を捨てた。近距離になると弩の命中率が上がって犠牲が大きくなることを危惧してのことである。


 城門の裏側に兵士が配置され、激しく叩かれて歪む扉の前に抜刀して並んだ。


「……なかなか、壊れませんね」


 戸は何度も軋んだが、一向に破られる気配がなかった。


「南蛮人の癖にいい門を造るのね……」

「あ、曉様……」


 曉が大八洲人以外のものを褒めるとは相当珍しいことである。


「こうなるんだったらやっぱり櫓にいるべきだったわね」

「はい。敵の力は曉様のご期待したものよりも低かったようです」

「そう……あら、来るわよ」

「はっ!」


 ついに軋みは限界に達し、ミシミシと音を立てながら城門が破られた。城門は一気に開け放たれ、大量の兵士が入り込んできた。


「殺しなさい! 一人として生きて帰すな!」

「「おう!!」」


 こちらが攻め込まれているというのに、大八洲の武士たちは競って城門へと突撃していった。その勢いの前に敵は圧倒され、中に入った敵はたちまちに殲滅され、城門の外へと追い返されていた。


「まったく、血の気の多い奴らね……」

「領地を持たぬような足輕は、褒美を求めて戦う者が殆どですから」

「まあ、それもそうね。殺した首の数だけ褒美は出すわ」

「ありがたき幸せ」


 誰がやったのか曖昧になる射撃とは違い、白兵戦ならば誰が殺したかは明白だ。褒美を求める血気盛んな武士たちは、ついに逃げ出した敵すら追いかけ始めた。


 まあ、流石に馬を持っていた敵には逃げられてしまったが、それでも敵の6割を殲滅することに成功した。


「大した事なかったわ。本当に盗人だったのかもね」


 暁はつまらなそうに言った。この戦いは彼女にとっては何も楽しくない戦いだったのだ。


「いや、流石にここまでやる盗人はいないと思いますが……」

「冗談よ。さて……」


 死体の山なら沢山出来ている。これを検めれば正体も自ずと分かるだろう。

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