弁明

 その後、一時は最悪になっていた晴虎の機嫌はかなりマシになり、リッベントロップ外務大臣との他愛もない会話に花を咲かせていた。口には出さないが、シグルズが彼を救ったことにはかなり感謝しているようである。


 だがそんな空気に水を差す者が来た。


「晴虎様、クロエ様がここに来ております」

「何? 何の用だ?」

「今回の一件について弁明をしておきたいとのこと」

「弁明、で、あるか……」


 晴虎は非常に不愉快であった。本当はこのまま追い返したかったくらいだったが、公式に正面から来訪する者を拒絶するのは、彼の考える義に反することだった。


「分かった。通せ。くれぐれも、丁重にな」

「はっ」


 そうしてゲルマニア使節団がまだいる中でクロエはやって来た。リッベントロップ外務大臣とは違い、クロエはたった一人である。しかもその服装はいつも戦場で身に着けているの白いドレスに変わっていた。


 ゲルマニアの一行は取り敢えず横に控え、クロエと晴虎は向かい合う。両者の間の物々しい空気には、リッベントロップ外務大臣も内心では圧倒されていた。


「それで、クロエ殿、今回は何用にて我の元へ来たのだ?」

「先程門番の方に申し上げましたが、今回の一件について、弁明をしに参りました」

「ここから一体、何をどう弁明しようというのだ?」


 晴虎は露骨に不機嫌そうに。実際、誰であろうとこういう反応を返すだろう。晴虎はまだ押さえている方だ。


「では申し上げましゅう。この件について、私は一切関わっておりません」

「――ほう。奴らはヴェステンラントの鎧兜と武器を持ち、更には黄公ドロシアの命じられて我を襲ったと言っておるが?」

「はい。彼の者共に命を下したのはドロシア。私ではありません」

「……ふざけておるのか?」


 晴虎の言葉に怒りが混じり始めた。だがクロエは悪びれもしない。


「いいえ、ふざけてなどいません。晴虎様の御存じの通り、我が国では大きな七人の大公が国を分けて治めております。私とドロシアは言わば大名。晴虎様の仰ることは、例えば伊達家が何かをしたとて、その責が武田家に向かうと言っているようなものです」

「詭弁であるな。ヴェステンラントで大公がそう勝手に動かぬことは知れておる」


 確かに大八洲の大名とヴェステンラントの大公の関係は似ている。だが大公の自主性は大名と比べてかなり小さい。勝手に軍事的な行動を取ることなど不可能なのだ。黄公ドロシアが攻撃を行ったのならば、そこに白公クロエの同意も含まれているということになる。


 クロエは一瞬だけ困った顔をした。


「確かに、本来ならば我々が勝手に兵を動かすことなどありません。しかしながら、今回はドロシアが独断で晴虎様を襲うことを決め、私にすら伝えないうちに行ったのです」

「貴殿が我と会ったその次の日に奴らはやってきた。それで信じられるとでも?」

「それは……恐らくですが、ドロシアが私に間諜を付けさせていて、晴虎様がここにいることを知ったからでしょう」

「抜かしおる……」


 状況証拠からしてクロエが関わっていた可能性はかなり大きい。事実だとすればクロエはこの場で処刑されても文句は言えない。とは言え、クロエがやったという確たる証拠もまた存在しない。議論は水掛け論に終始することとなった。


 そんな中、すっかり蚊帳の外にあるゲルマニアの一行は、この件についての対応をひそひそと話し合っていた。


「このままクロエさんが殺されれば、ゲルマニアにとってはいいのではありませんか?」


 ヴェロニカはしれっと怖いことを言い放った。


 確かにここでクロエが死ねば、ヴェステンラントと大八洲の和平は絶対になくなり、ヴェステンラント国内も少しは混乱するだろう。


「確かに我が方に利益はある。しかし、それが最善であるとは限らないのではないか?」


 反論したのは意外にもリッベントロップ外務大臣であった。


「え、あ、それはどういう……」

「白公クロエは割と話の分かる人間だ。それにシグルズ君と個人的な縁もある」

「え、いや……」

「そういう訳で、まず第一に、我が国が将来的にヴェステンラントと講和条約を結ぶ際、いい仲介役となってくれる可能性が高い」

「仲介、なのですか? 最後まで戦い続けるのに、そんな人が必要なのですか?」


 ヴェロニカは、ゲルマニアがヴェステンラントを完全に屈服させるまで戦い続けるものだと思っていた。大八洲にそうさせようと懸命に努力しているからである。


「それは……あまり大きな声では言えないが、我々は最後まで戦い抜くつまりはないんだ。大八洲には我々が戦っている間戦い続けてもらい、十分な戦果を上げたと判断すれば、我々は我々の都合で和平を結ぶ」

「はあ……」


 要するに、最後の最後まで戦い続けろと大八洲に言う割には、ゲルマニアにはそんなことをする気はないのである。


「そういう訳で、交渉の仲介役は必要だ。その点、エウロパのヴェステンラント軍で最も話の分かる人間がクロエだ。だから彼女にはあまり死んで欲しくない」

「なるほど」


 クロエは生かしておきたい理由の一つがこれだ。和平交渉の窓口として期待されているのである。

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