残念な報告

「お聞かせ願えるならで結構ですが、晴虎様はどのようなお返事を?」


 城から出てきたシグルズに、精悍な美男子が問いかけた。


「重綱殿、晴虎様は盟は結ばないと。まあ分かっていたことですが」


 片倉源十郞重綱。伊達陸奥守晴政の腹心たる彼が、ゲルマニアからの来訪者一行の案内を仰せつかっていた。


「あのお方は何を考えているか分かりませんから。そう気を落とさない方がよろしいでしょう」

「そうは言われましても……」

「一先ずは宿に戻りましょう。お連れします」

「ありがとうございます」


 源十郎は何台かの牛車を用意させており、ゲルマニアからの一行はそれぞれに分かれて宿へと向かった。源十郎とシグルズは同じ車に乗り込むこととなった。


「ところで、どうして伊達家の重臣であるあなたが客の案内などという小さな役をやっているのですか?」


 シグルズは特に他意もなく尋ねた。この程度の仕事ならばもっと低い階級の者に任せても問題はない筈だ。特にシグルズはそう高い位を持っている訳ではないのだから。


「それは、我が当主の晴政様がやりたいと言い出したからです」

「それはまた、どうしてですか?」

「八割方は単なる酔狂でしょうが、残りは異人のことを知りたいという思いがあるのやもしれません。断じて、我が伊達家が目立ちたいからなどではございません」


 源十郎は最後の一言だけやけに力を込めた言った。


「い、いや、そんなことは言ってませんが……」

「これは失礼。しかしながら、奥州二百五十万石の伊達家は、大八洲でも随一の大大名。このことは覚えていて下さい」

「は、はあ……。ですが、二百万石で随一と言うのは……」

「はい?」


 源十郎は殺気立った目でシグルズを睨んだ。とても客に向けていい視線ではない。だがシグルズも怯まず続ける。


「え、いや、大八洲にはもっと広い領国を持った大名が沢山いるでしょう、少なくとも」

「確かに、それは違いありません。九州四百万石の嶋津家や、西國四百五十万石の毛利家、関八州六百万石の北條家、潮仙六百五十万石の武田家、そして中國四千万石の上杉家など、当家よりも豊かな大名は数多い」


 ――めっちゃ正確に覚えてるじゃん……


 魔法を使った魔導通信の技術によって、大名たちは地球と比べて遥かに広大な領土を統治出来るようになった。それ故に、大大名はとことん広大な領土を持っているのである。


 特に上杉家に至っては、内地にある越後、甲斐、近畿の天領だけでも八百万石に迫る石高を誇っている。


「しかしながら、当家ほどに民も臣も当主に義を尽くす家は他にありません」

「精神論……」

「――何と?」


 そう言えばそんな言葉はこの世界には存在しない。


「いえ、なんでもありません」

「そうですか。それと因みに、我が君である晴政様は今、ヴェステンラントからの客人の面倒を見ておいでです」

「ヴェステンラントからの? それはもしかして白公クロエですか?」

「おや、ご存じでしたか」

「ま、まあ」


 大八洲へと向かう道中で出会った時から、どうせそういうことだろうとは思っていた。


「クロエは何と?」

「そこまでお教えすることは出来ません。と言うか、私にも知らされておりません」

「ですよね……」


 とは言え大体の推測は出来る。大方、大八洲と和平を結んでゲルマニア単独と戦争をしようという腹だろう。それをあの晴虎が受け入れるとはとても思えないが。


「取り敢えず、伊達家こそが大八洲で最も素晴らしい家であるとのこと、お忘れなきよう」

「はあ……」


 ――何か株が上がってないか?


 この男に伊達家の話をさせるとダメだということはよく分かった。


 ○


「それで、首尾はどうだったのかな、シグルズ君?」

「失敗しましたよ、リッベントロップ外務大臣」


 今回のゲルマニア使節団の団長はリッベントロップ外務大臣である。大臣なんかよりも映画俳優でもやった方がいいのではとよく言われる、ゲルマニア帝国でも一二を争うイケメンだ。


「やはりか……」

「分かっていたのですか?」

「事前に得ていた情報から察するに、彼がそう簡単に人の話を受け入れるとは思えないからな。晴虎様はヒンケル総統と似て、全てを自分で決めようとする傾向がある」

「他人からの提案を素直には受け入れないということですか」

「そうだな。だから、まだ交渉が失敗したかどうかは分からない」


 三顧の礼とも言う。何度か頼み込んだらようやく認めてくれるような、そういう面倒臭い類の人間なのかもしれない。


「それは彼の性格の問題だが、具体的には彼はどういう理由で同盟を断ったんだ?」

「現状でも防衛に支障はなく、ゲルマニアがヴェステンラントを滅ぼすことを目的に同盟を提案しているのなら、それには乗らないと」

「そう来たか……」


 リッベントロップ外務大臣はすました顔を僅かに歪めた。


「外務大臣にも想定外ですか?」

「ああ。その話は単なる建前だと思っていたのだが、まさか実務でも本気で言ってくるとは……」


 シグルズが先に晴虎に会ったのは、公式な記録の残らない会談で本音を聞きだす為である。そしてリッベントロップ外務大臣と晴虎の会談では好きなだけ綺麗ごとを並べると、そういう予定であった。


 だがその目論見は早々に頓挫してしまった訳である。

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