シグルズと晴虎の会合Ⅱ
「なれば、単刀直入に言わせてもらおう」
「は、はい」
「ゲルマニアは我らを、ヴェステンラント本国へ攻め込むのに巻き込もうとしているのではないか?」
晴虎はまるで悪行を諫めるように。
「え、はい、そうですが……」
シグルズの考えは読まれていたようだ。確かにシグルズは大八洲の海軍とゲルマニアの陸軍を連合させてヴェステンラント本国へと攻め込むことを提唱している。
しかし、それの何が悪いというのか。共に足りないところを補い合い敵を討ち滅ぼすのは理想的な同盟であろう。
「で、あるか。では問おう。ゲルマニアはヴェステンラントを滅ぼしたいのか?」
「それは……敵を滅ぼしたいと願うのは当然のことではないでしょうか?」
「それは欲だ。そもそもゲルマニアが戦うのは己の領国や友を守る為だった筈。ヴェステンラントを滅ぼさんとするは即ち、ヴェステンラントに同じ。ゲルマニアがそのような欲にまみれた国であるのなら、我は力を貸すことは出来ぬ」
「なっ……」
予想外の応えだった。断られるにしてももっと他の理由で断られるだろうと予想していたから、ここで説得する言葉をシグルズは用意出来ていなかった。
「そ、それでは晴虎様は、この戦に何を求めているのですか? 事実晴虎様はマジャパイト王国を滅ぼしてすらいるではありませんか」
「我はただ、東亞に安寧をもたらしたいだけだ。東亞よりヴェステンラントを追放すれば、それでよい。彼の国を滅ぼそうなどとは思っていない」
東亞の解放というのはあくまで大儀。実際は長年の対立の最終的解決をするのがこの戦争の目的なのだとシグルズは思っていた。だが晴虎はあまりにも聖人君子だった。彼の目には本当に正義しか映っていなかったのだ。
だがシグルズはここで退く訳にはいかない。
「しかし、今でこそ晴虎様の采配によって大八洲は優勢ですが、ヴェステンラントは大八洲の倍の兵を用意することが出来ます。我々の子や孫がヴェステンラントと戦う時、今のように我らが勝ち続けられるとは限らないのです。ですから、今のうちにヴェステンラントを滅ぼし、今後千年の平安を勝ち取るべきではありませんか?」
そもそも大八洲がこんなにも勝ち続けているのがおかしい。そんなことが出来ているのは晴虎の神がかり的な采配が故である。晴虎がいなくなれば大八洲がヴェステンラントに屈する日もそう遠くはない。
であれば、晴虎が大八洲を率いているうちにヴェステンラントを滅ぼすことこそ、後の世代に平穏を授ける唯一の手段なのである。
「我々に弓を引く者を全て滅ぼして、それが世を安んじることだろうか? 今でこそ乱暴狼藉をはたらくヴェステンラントも、いつかは心を改めるやもしれぬ。そのような日が来ることを、我は望む」
「そ、それは……」
敵を全て滅ぼし奴隷にしようとするのは、シグルズが最も憎む人類の敵――アメリカと同じだ。アメリカ人などという野蛮な動物と同じ発想に至ってしまったことを、シグルズは酷く恥じた。
「我は悪を憎むが、人は憎まぬ。故にヴェステンラントを滅ぼそうなどとは思わぬ。だが、奴らが今行っている悪行の数々は断じて赦さぬ。それ故に、我が全身全霊を以て奴らを東亞より追放する。それだけのことだ」
「痛み入ります……しかし、その、朝敵は全て討ち滅ぼすべきなのではありませんか?」
皇御孫命は既にヴェステンラントを朝敵とした。大八洲において朝敵に待つ未来は死のみである、筈だ。
「何も討ち滅ぼすことが全てではない。天子様に付き従うことを誓えば、全ての者は赦される」
「それはつまり、ヴェステンラントを滅ぼすということでは?」
ヴェステンラントの女王が皇御孫命に臣従を誓うとは思えない。
「そうではない。天子様は元よりこの世界全ての主。天子様の大御心である天下泰平が為に尽くすのであれば、それは天子様に付き従っているということだ」
――ちょっと無理がある気がするけど……
「あまり納得していないようだな」
「ま、まあ……」
「ふむ……では大八洲の一億を超える民草が全員天子様へ臣従を誓っていると思うか?」
「それはないでしょうが……」
「そうだ。故に、ゲルマニア人でもヴェステンラント人でも大八洲人でも、全ての人は生まれ落ちた時より天子様の臣なのだ」
全人類が生まれながらにして治天下皇御孫命の臣であるという独特の思想である。地球では天皇が人類で最も高貴な存在であると確信するシグルズであるが、そこまでは思っていなかった。
「大八洲とヴェステンラントの戦すら、臣同士が内輪揉めをしているに過ぎないということですか」
「そうなるな。だが、天下の泰平にあくまで逆らうのならばそれは臣ではない。朝敵である。故に征伐すべきであるが、天下の泰平を志すようになれば、それはもう天子様の臣であり、我らの友だ」
「今のヴェステンラントは、どうなのですか?」
「今は朝敵そのものであろうな。だが、彼らが悔い改めて天下泰平を志すのならば、赦免ということになるだろう」
「なるほど……っと」
話が脱線し過ぎた。シグルズは同盟を結ぶか否かという話をしに来たのだ。超国家主義の議論をしにきたのではない。
「晴虎様の志には痛み入りました。天下泰平こそを至上とするのであれば、ヴェステンラントを滅ぼそうなどとは思ってはいけないと」
「で、あるな」
「では盟は断られるということで――よろしいですね?」
「そうだ。盟は結ばぬ。今のままで十分だ」
「承知しました。残念です」
「すまぬな、ここまで足を運ばせておいて」
社交辞令などではなく、晴虎は本当に申し訳なく思い、正直な心で謝った。
「それではここらで失礼致します」
シグルズもまた、交渉に失敗した。
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