リッベントロップ外務大臣と晴虎の会談
明くる日、リッベントロップ外務大臣は使節団一行を率いて晴虎の居城へと向かった。シグルズやヴェロニカなどの12名の人員である。
シグルズとリッベントロップ外務大臣は同じ馬車の中で揺られていた。万が一のことを考えると、ゲルマニアで最強の魔導士であるシグルズが外務大臣の傍にいた方がいい。
「今回は、上手くいくでしょうか?」
「それが分かっていたらわざわざ私が交渉になど行かないさ」
「それもそうですね」
大八洲に対する二度目の交渉。まあ場所は大八洲ではないが。それが上手くいくかどうかなど、誰にも分からない。全ては晴虎の気分次第だ。
「まったく、これだから前時代的な国家は……」
リッベントロップ外務大臣は思わずそう口にしてしまった。
「何です?」
「いや、ただ、感情で動く相手は嫌いなんだ。国家は理性に基づいてのみ動くべきであろうに」
大八洲皇國の決定は即ち、晴虎という一人の人間の決定である。そこには当然、感情や理論理的な思考も混じってくる。そのような相手の行動を予測するのは非常に困難だ。
「それは……どうでしょう」
「ふむ。と言うと?」
「確かに外交の相手としては嫌な相手ですが、国家としてはよい姿ではないでしょうか。議会政治などという感情も何もない政治よりは余程」
合議制国家というものには感情がない。ただ機械的に目的に沿った政策を出力するだけの政府だ。中でも民主主義国家は、その目的が支持率という何の価値もない数字にあり、国益すら得られないという点で、これまでに存在したあらゆる政治形態の中で最悪の形態である。
「国家としては、そうだな。だが外務大臣としてはこれがなかなか困るんだ」
「仕事ですから、まあ確かにそうなりますよね。少々論点がずれていたようです」
「謝ることはない。第一、我が国もヒンケル総統閣下の独裁制だ。他国を悪くは言えんさ」
ゲルマニアもまた、他国の外交官から見たら相手にしづらい国であろう。まあこの世界ではその類の国の方が多いが。
「そう考えると、ヴェステンラントは割と異質な政治体制を持っていると言えますね」
「七公会議での合議制であるからな。ゲルマニアとも大八洲ともガラティアとも違うと言えるだろう」
「このまま民主主義なんかを始めなければいいのですが……」
「何故嫌がるんだ?」
「新大陸人というのは大多数が非常に暴力的で野蛮ですから、民主主義なんかをやらせたら侵略と虐殺しかやらないんですよ」
「――面白い予想だな」
「あ、いや……」
シグルズにとっては過去に実際に起きたことだったが、この世界からしたらまだまだ未知のことである。この世界でヴェステンラントが民主主義の道へ走らないことを、シグルズはただただ願うばかりであった。
「まあそんな話はいい。そろそろ到着だぞ」
一行は例の城に到着し、今回は全員を連れて晴虎の元への謁見を許された。
「これは……万が一にでも僕たちが將軍を襲う可能性を考えていないのでしょうか……?」
そんなことをする気はさらさらないが、ここでシグルズが暴れれば晴虎を殺すことも可能である。大八洲側がそれはゲルマニアの何の利もないと判断したのか、或いは――
「逆に自らの軍事力を誇示しているのかもしれないな」
「馬鹿なことをしたら叩き潰すということですか……」
「そういうことだろうな」
シグルズが何をしようと晴虎が殺すことは出来ない。大八洲はそう言いたいのかもしれない。全ては推測に過ぎないが。
やがて一行は晴虎が待つ部屋に招かれた。服装は皆がゲルマニア様式の式服である。
リッベントロップ外務大臣を先頭に、一行は跪いた。
「私は神聖ゲルマニア帝国が外務大臣、ギルベルト・フォン・リッベントロップです」
「我は征夷大將軍の上杉四郞晴虎である。各々、楽にするがいい」
「はっ」
ここは大八洲であるということで、大八洲流にあぐらをけいて床に座る。
「して、今度は何の用かな、リッベントロップ殿」
「はい。まずは一つ、先日我が方のハーケンブルク城伯に対し仰せられました義を重んずる姿勢。いたく感銘を受けました」
「それで?」
――何も反応しないか。
「しかしながら、我が国の戦況はそこまで芳しくはありません。このまま何の手を打たずとも、国を守ることは容易いことです。しかしこれからヴェステンラントに反撃を行うとなると、その力は我が方には足りていないと言わざるを得ません」
「――それで?」
「ですので、我々は暴虐なるヴェステンラント人をエウロパの地より追い払うためにも、晴虎様のお力添えを願えないかと思っているのです」
「なるほど。その理屈はよく分かった。で、あるが、本朝に何が出来るというのだ? この広い大陸の東の端と西の端、すまないが、我に出来ることなど思い当たらぬ」
その瞬間、晴虎の家臣たちが苦虫を嚙み潰したような顔を見せた。この言葉は明らかに大八洲の力をゲルマニアに侮らせるものだったからだ。
外務大臣と国家元首の間に交わされる公式な会話。そこで出てきた失言を、リッベントロップ外務大臣は見逃さなかった。
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