海防戦略Ⅱ

「それともう一つ、提案があります」


 シグルズにはまだ策があった。


「戦艦の建造が不可能だと分かった場合、我が軍が自力でヴェステンラント海軍を打倒することは不可能と考えます」

「――そうだな」


 海軍を全面的に敵に回す爆弾発言だったが、特に誰も咎めはしなかった。海軍の方もカレドニア沖海戦ですっかり自信を喪失しており、抗議もしなかった。


「そこで我々は、大八洲と同盟し、彼の国の精強な海軍と共同してヴェステンラント本土への侵攻を行うべきと考えます」

「大八洲か……確かに、ヴェステンラントと正面からやりあえる、恐らく唯一の国家だからな」


 先に行われたアチェ島沖海戦では、大八洲の海軍は大きな損害を出しつつもヴェステンラント海軍を完膚なきまでに壊滅させ、その秘密兵器であった大型戦闘艦をも撃沈したという。


 その協力を得ることが出来れば、確かにヴェステンラント海軍の脅威を排除することが出来るかもしれない。


「しかし……それはつまり、大八洲海軍の後ろについていくということだろう? 何と言うか、それは流石に海軍が嫌がると思うがな」


 要は大八洲海軍に寄生するということである。ゲルマニアの評判を地に落としかねない戦略だ。


「確かに、海の上では完全に大八洲に頼ることになりましょう。しかし、それの何が悪いと言うのですか? 大八洲とゲルマニアが互いの足りない点を補い合うというのは、素晴らしいことだとは思いませんか?」


 シグルズの言葉には熱が入っていた。


 ゲルマニアと大八洲が同盟し、ヴェステンラントを叩く。これは地理的に地球における対米人類連合軍そのものだ。これが正義であることを、シグルズは信じて疑わない。


「ふむ、足りない点を補うというが、我々にあって大八洲にないものとは何だ?」


 ヒンケル総統は問うた。


 陸でも海でも大八洲はヴェステンラントを圧倒している。現状全てにおいて大八洲の軍事力の方が優っているのではないかと。


「我が国には兵器や食糧の生産能力、輸送力があります。純粋な国力では未だ大八洲の後れを取っているかもしれませんが、国家の持てる力をここまで戦争に注ぎ込めている国は、我が神聖ゲルマニア帝国の他にありません」

「我々が兵站の支援を行うということか」

「それがまず一つの我が方の強みです」


 大八洲は巨大な人口を抱えており、その生産力自体はゲルマニアを上回る。しかし国家を総動員して軍需物資を生産するという考えはなく、ヴェステンラント大陸まで攻め込むとなると補給を維持することは難しいだろう。


「また、防御に関しては我が軍が大八洲に優ると考えます。上陸した後に橋頭保を築くのは、補給の問題も相まって、大八洲軍には難しいと考えられます」


 大八洲軍には陣地防御という発想が基本的にない。よって、ヴェステンラント海軍を打倒し、本土に上陸することに成功したとしても、水際で撃退される公算が高いのだ。ヴェステンラント本土には今なお20万を超える完全な戦力が控えているのだから。


 そこでゲルマニア軍の塹壕は必ず役に立つ筈である。塹壕を掘るところを大八洲の魔導士に手伝ってもらえば、数日で数百キロパッススの塹壕を構築することすら可能だ。


「なるほど。そう言われてみると、我が軍も頼りっぱなしではなくなるということか」

「はい。更に言いますと、我が軍がヴェステンラント海軍を単独で撃破出来るようになったとしても、やはり大八洲との同盟は重要なものになるかと思われます」

「それは何故だ?」

「ヴェステンラント本土に上陸を仕掛けるとなれば、東西から同時に上陸するのが最良なのは明らかです」

「まあ、そうだな」


 敵の戦力を二分することが出来るというのは最大の利点だし、大八洲とゲルマニアが息を合わせた作戦を実施することが出来れば、ヴェステンラントを滅ぼせる日も近づくだろう。


「なるほど。ではいずれにせよこれからは大八洲との友好を深めるべきということだな」

「はい。戦艦の建造も強く推していますが……」

「それは分かった。前向きに検討しておこう」


 ――それダメなやつでは……


 戦艦についてはあまり期待出来なさそうな感じで、この日の会議は終了した。


 ○


 そう思っていたのだが、2日後、総統官邸に再び呼び出されたシグルズは、驚くべきことを聞かされた。


「シグルズ、今回、総統命令として、戦艦を1隻建造することを許可することとした」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。嘘など吐かんし、この国で私に逆らう者もいない」

「あ、ありがとうございます……」


 感無量とはこのこと。全然期待していなかっただけに、シグルズは心の中で歓喜していた。


「そこで決めたいことがあるのだが」

「何でしょうか?」

「戦艦の名前だ。記念すべき世界初の戦艦には、それに相応しい名前があるべきだろう」

「名前、ですか……戦列艦の命名規則で言うと、『ゲルマニア』が相応しいのではありませんか?」

「随分と大きく出たな……確かにその案もあるのだが、つい最近沈んだ船の名前を付けるというのは縁起が悪いという意見もある。そして私もそう思う」


 ゲルマニアはカレドニア沖海戦で沈んだ甲鉄戦艦の名だ。それを冠するとまた沈みそうである。


「となると……」


 そこでシグルズは地球における戦艦の命名規則に則ってみることにした。


「では我が国を建国した英雄フリードリヒ大帝から取り、『戦艦フリードリヒ・デア・グローセ』というのはどうでしょうか?」

「人名を付けるのか。悪くはないが……」

「フリードリヒ大帝は流石に大き過ぎる。ここは海軍建設に尽力した将軍の名を使うべきではないか?」


 大洋艦隊司令長官、オイゲン・フォン・シュトライヒャー侯爵は言った。試作品ごときに建国の英雄の名を使うのは、それが失敗した時を考えると危険ではないかと。その主張は妥当だった。


「ほう? それでは誰こそが相応しいと言うのだ?」

「はい閣下。ここはヒッパー提督に因み、『戦艦アトミラール・ヒッパー』と名付けるべきかと考えます」

「なるほど。まあここは海軍の将軍の方がいいかもしれんな」


 という訳で、フリードリヒ大帝の名前はもっと重要な船で使うこととなり、この試作戦艦の名はアトミラール・ヒッパーに決まった。

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