海防戦略

 翌日、シグルズは総統官邸に呼び出されていた。ヒンケル総統が呼び出したというのもあったし、シグルズにも言いたいことがあった。


「さてシグルズ、今回私が君を呼び出したのは、我が国の海軍についてだ」

「え、僕もその話をしようと思って来ました」


 どうやら両名の考えは一致していたらしい。


「では私から話そう。現状我が軍は、陸戦においては既にヴェステンラント軍と互角に戦えるようになった。これは全て君のお陰だよ、シグルズ」

「そんな、僕の発想を図面にして下さるライラ所長と、あっという間に量産体制を整えて下さるクリスティーナ所長、そしてそれらに許可を下さった総統閣下のお陰に他なりませんよ」


 実際、ライラ所長がいなければシグルズの発想の理解者はなく、今頃ゲルマニアはヴェステンラントに滅ぼされていただろう。世辞という訳でもない。まあそれは重要ではないが。


「ああ。しかしながら、我が国の海軍は貧弱そのものだ。他国に類のない最強の軍艦だった筈の甲鉄戦艦ですら、ヴェステンラント軍に簡単に沈められてしまった。機関銃や小銃も、海戦では殆ど何の役にも立たなかった」

「それは……そうでしたね」


 かつてのカレドニア沖海戦。エウロパの三カ国連合艦隊はほぼ何の戦果もあげられずに完敗し、海での抵抗は一切叶わなかった。


 最近になって新開発した機関短銃も、これから作る予定の戦車でさえも、海戦では全く役に立たない。今の海軍力ではヴェステンラント本土に攻撃を加えるどころか、ブリタンニアの奪還すら不可能だ。


 ヴェステンラント軍は大陸で敗北したところで自分の領土が侵される心配すらない。この非対称な現状は速やかに打開すべきである。


「さて、この問題を解決する手段、つまりは新兵器について、何かいい案はあるか?」

「海軍ですか……思いつかなくは、ないです」

「聞かせてくれるか?」

「船体や竜骨までもを含めて完全に鋼鉄で建造された船、戦艦を造るのです」

「戦艦、か」


 木造の船体を鉄で覆っただけの甲鉄戦艦と比べ、戦艦の耐久力は圧倒的だ。白の魔女クロエや赤の魔女ノエル、その他のレギオー級の魔女ですら撃破は不可能だろう。戦艦を倒せるのは戦艦だけだ。


「はい。これを建造さえ出来れば、我が国は世界の海を制することが出来ます」

「建造出来たら、だがな」

「それはまあ、そうですね」


 最大の問題は、戦艦という巨大な兵器を建造することが果たして可能なのかと言うことである。少なくともヒンケル総統はその点について懐疑的であった。


「まあいい。仮に建造することが出来たとしよう」

「はい」

「それはきっと不沈艦となることだろう。だが、ヴェステンラント軍が移乗攻撃をしかけてくれば、撃沈される、或いは奪われてしまう可能性すらあるのではないか?」


 船という狭い空間で塹壕線のような戦闘を行うことは出来ない。ヴェステンラント軍が全力で乗り移って来た場合、撃退出来る保証はないのだ。


「確かにこれまでの戦術ならば、その可能性もあります」

「これまでの戦術?」

「はい。大量の大砲を並べる現行の戦術です」

「それが――悪いのか?」


 攻撃力を高めるには可能な限り沢山の大砲を積めばいい。その実に単純な理屈で海戦は進化してきた。


 だがシグルズからするとそれは間違っている。その方向に戦術を進化させたところで行き止まりにぶち当たってしまうのは、地球の歴史が示しているのだ。


「はい。我々が目指すべき戦艦は、9門程度の非常に強力な大砲を積んだ船なのです」

「たったの9門、か……」


 シグルズは、射程も威力も段違いな大砲を数門も積めばそれで十分だというのである。


「そうすれば、戦艦は敵の視界の外から水平線の向こう側から敵を攻撃することが出来るのです」

「シグルズ、私にはとてもそれで上手くいくとは思えないぞ」


 カイテル参謀総長は小馬鹿にするように言った。ヒンケル総統やザイス=インクヴァルト司令官でさえも、賛同はしかねるといった感じであった。


「私もそれは……微妙だな」

「まあそれは、実際に見て下さらないと分からないかもしれませんね」

「しかし、見てみると言ってもな。試作品を造るだけでもどれほどの金がかかることか……」


 ヒンケル総統の心配事はやはり国家予算だ。


 小銃や機関銃くらいならば数丁の試作品を用意するのは簡単なことだった。そもそも数百万丁単位で製造するものだからである。


 だが戦艦は、1隻を建造するか否かだけでも政治が動く代物である。10隻も保有していれば十分に大国と言えるようなものなのだ。それを取り敢えず造ってみるなどと言って建造するのは、いくら総統でも無理な話である。


 因みに通常の戦列艦に強大な艦砲を搭載するというのも無理な話だ。反動で船ごと壊れるのが落ちである。


「確かに莫大な金額が必要であることは違いありません。しかし、これが戦局を打開することを僕は疑いません。どうか一隻、戦艦を建造することを許しては頂けないでしょうか?」

「ここでそう簡単に判断出来る話ではない。検討する時間をくれ」

「そ、それはそうですね。申し訳ありません」


 流石の総統とは言えど、ここで即断することは出来なかった。

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