政治的に正しい兵器

 ACU2310 7/20 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


 ライラ所長はⅠ号戦車の設計図と仕様書を完成させ、参謀本部とヒンケル総統に提出した。既に研究の許可が出ている以上、あくまで儀礼的な確認である。否定されることはまずない、その筈だったのだが――


「これは……好ましい兵器ではないな……」


 ヒンケル総統は渋い顔をして書類を睨みつけていた。


「総統閣下、私には特別、問題は見当たらないのですが……」


 カイテル参謀総長は頭の上に疑問符を浮かべていた。性能も燃費も参謀本部の要求を超える十分なものであり、多少の改良は思いつくものの、基本的にはこの案のままで量産化に移行してもいいと考えていた。


 しかも好ましい兵器ではないという言い方も引っ掛かった。


「参謀総長閣下、お分かりにならないのですか?」


 ザイス=インクヴァルト司令官は煽るように。


「き、貴様……」

「私の思うことは伝わったようだな、ザイス=インクヴァルト司令官。カイテル参謀総長に説明してくれたまえ」

「はい、総統閣下」

「…………」


 あくまでも部下の一人であるザイス=インクヴァルト司令官に先手を打たれていることに、カイテル参謀総長は何とも言えない不快感を抱いた。


「問題は、この兵器――Ⅰ号戦車が基本的な稼働にすらエスペラニウムを必要とすることです」

「それが何か問題――いや、そうか。分かったぞ!」


 そこまで聞いて、カイテル参謀総長もようやく理解した。


「我が国はエスペラニウムを輸入に、しかもほとんどをガラティア帝国に頼っている。つまり戦車を動かせるか否かすら、彼の国の思うがままになっている、そういうことか」

「そういうことです、閣下」


 ガラティア帝国が輸出を止めれば戦車は完全に動かせなくなる。決戦兵器の手綱が他国に握られているというのは、国防策としては完全に失策だと言わざるを得ない。


「なるほど。そうなると、この兵器を量産することには賛成出来ないということか」

「基本的にはそうなりますね。しかしながら、この兵器が極めて強力な性能を秘めているのもまた確か。難しいところですね」


 完全に稼働するのなら戦車が戦局を打開する兵器であることは、ここにいる誰も疑ってはいない。問題はそれを動かせるか否かなのである。


「とは言うが、私としては基本的に量産してもいいと考える」


 ヒンケル総統は皆に宣言した。


「総統閣下がそう仰られるのならば、我らはそれに従う他ありません。しかしながら、よろしければ理由をお聞かせ願えますか?」


 ザイス=インクヴァルト司令官は総統に尋ねた。


「ああ。ガラティア帝国は現状、我々が魔法を利用した兵器を造っていることを知らない。あくまで我々が魔導兵の運用の為にエスペラニウムを輸入していると思っている。そのうちにエスペラニウムを大量に備蓄しておけば、例えガラティア帝国がエスペラニウムの禁輸をしても、暫くは戦車を動かせるだろう」

「確かに。しかし、長期的な視野に立てば、他国の意志によって戦車を動かせなくなる可能性があるというのは、看過出来ますまい」


 ザイス=インクヴァルト司令官は、ガラティア帝国に生命線を握られるということを、その可能性が僅かであろうとも許せなかった。故に彼はⅠ号戦車の量産を許可する気にはなれなかった。


 しかしヒンケル総統はそのことをあまり気にしていないようである。


「ザイス=インクヴァルト司令官、君は少々、確実性を求め過ぎではないか?」

「確実性というよりは、我が国の決定に我が国以外の人間が関わることが許せないだけです」

「まあその恐れは理解出来なくもない。しかし、多少の危険は覚悟しなければ国は動かせない。分かるだろう?」

「それは……」


 ザイス=インクヴァルト司令官は珍しく返答を考えかねていた。彼は自分の手のひらの中で危険を冒すことに躊躇はないが、誰かが介入することは容認出来ない。だが総統の言い分にも一理あると感じていた。


「いざとなれば、備蓄したエスペラニウムを使ってガラティア帝国に攻め込んでエスペラニウムを奪取してしまえばいいとは思わないか?」

「――確かにそれが上手くいけば問題はないでしょうが……」

「或いは我が国の近くにそれなりのエスペラニウムを算出するちょうどいい国があるではないか?」

「……ダキアを完全に制圧しようとでも?」

「そうだ。そうしてしまえばいいではないか」


 ダキア大公国は今のところゲルマニアの軍門に降っているが、とは言え内政に関しては普通に自治権を保っている。それを完全に剥奪してダキアの資源を全て奪う。そうすればガラティア帝国に頼らなくてもエスペラニウムを調達出来るだろう。実行するかは別問題だが。


 または、ガラティア帝国が敵対的な態度を取った場合、備蓄したエスペラニウムで戦車を動かしてガラティア帝国を制圧する。実行せずとも、ある程度の備蓄を確保した段階でそれをちらつかせれば、ガラティアも下手な動きを取れないだろう。


 いずれにせよ、ヒンケル総統はエスペラニウムを調達する目算を立てていたのだ。


「よって、私はⅠ号戦車の量産を許可したいと思う。ただし魔法に頼らない燃料も探し続ける。反対の者は?」


 反対する者はいなかった。

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