戦車試作品Ⅲ

 と、思っていたのだが、その日の夜にはライラ所長は魔法式の油圧サスペンションを完成させ、戦車に組み込んできた。


「は、早いですね……」


 シグルズは感嘆するというよりドン引きしていた。所詮は元いた世界のものを得体のしれない力で呼び出しているに過ぎないシグルズと違い、彼女の頭脳は本物なのだった。


「じゃあ早速、実験を始めようか」

「了解しました」


 走行試験ということで、乗員はナウマン医長とシグルズ、それと実際に乗り心地を確かめたいライラ所長が装填手の席に乗り込んだ。


「じゃあナウマン医長、前進だ」

「了解しました」


 ナウマン医長は意気揚々と。


 そして戦車はゆっくりと動き出す。


「おお、揺れない……」

「ふふん、やっぱり私は天才だからね」


 ライラ所長は誇らしげに言った。確かにそう誇っていいほどにこのサスペンションは高性能だった。戦車の揺れは前回の数分の一にまで軽減され、かなり乗りやすくなったのだ。


「それでは更に加速します」

「ああ。頼む」


 まだまだ徐行だ。少なくとも騎兵くらいの速度は出せなければ戦車としては使えない。


 加速するに連れ当然、揺れは大きくなっていく。それでも前回の試験と比べれば振動はマシになっていたのだが――


「……揺れがどんどん激しくなってません?」


 最初はよかったのだが、気付けば前回と殆ど同じくらいの振動が発生し、ナウマン医長以外の2名は車酔いを起こし始めていた。


「ナウマン医長、変わったところは?」

「前回と比べて不具合などは起こっていないものと思われます。しかし、確かに振動は前回と大して変わらないように思われます」

「となると……油が漏れてるね」

「もう、ですか」

「予想よりは早かったけど、多分ね」


 ライラ所長の油圧サスペンションは最初から油が漏れることを前提に設計されている。だがそれは予想より早かった。


「よし。じゃあ魔法で油を補充しよう」

「お願いします」


 ライラ所長がいる理由はこの為でもある。所長は手元の魔法の杖で油を作り出し、油をサスペンションに流し込んでいく。車内からサスペンションに直接油を流せるようにするという、一日で考えたにしては画期的過ぎる構造だ。


 油がサスペンションに流し込まれるにつれ、徐々に戦車の振動は緩和されていった。


「原因は油漏れだったみたいですね」

「うん。まあ、でも、これはなかなか問題だよね。ここまですぐに油が漏れるとなると、装填手の負担が大き過ぎる……」


 計画では装填手が燃料と油を同時に担当することとなっていた。しかしそれは油の補充が一時間程度の頻度で必要となることを前提としたもので、ここまで頻繁だと他の作業に支障が出る。


「そうなると……戦車は4人体制にするべきですね」

「うん。また設計の見直しだなあ……」


 ライラ所長は溜息を吐いた。


「ま、まあ、普通なら戦車の開発なんて何年かかかるものですし、焦ることはありませんよ」

「そうだね……まあ、サスペンションの改良もしておくから、まだ時間はかかりそう」


 まだまだ改良の余地ありというのが今回の結論であった。やはり機関銃や小銃のように簡単には作れないのだ。


 試験は終了したのだが、ここでシグルズはまだ決めていないことがあることを思いだした。


「どうしたの、シグルズから呼び出しなんて」

「僕は気づいたんです。そう言えば戦車に名前が決まっていないことを」

「名前……?」

「はい。名前です。戦車という一般名詞で呼び続けるのはあまり気分が乗らないというか……」

「あ、戦車って一般名詞だったんだ」


 この世界から見ると「戦車」という単語はシグルズの造語であり、マークⅡとかパンターとかティーガーⅡのような、型式を現す名前として認識されていたのである。


 だがシグルズにとってはあくまで一般名詞。ここにある戦車に固有の名前を設定したいと思った。


「ええと、つまり――他の種類の戦車を作ることもあるかもってこと?」

「そういうことです。将来的に軽戦車や重戦車を作る可能性もありますから」

「なるほど、理解したよ。船の何とか級とかいう名前みたいなものだね」


 大和型とかアトミラール・ヒッパー級とか、そういった名前のことである。ライラ所長はそこまでは理解したが、しかしすぐに疑問にぶつかった。


「つまりは全部の戦車に名前を付けるということ?」


 戦車を軍艦と全く同じように名付けるものだと理解したらしい。そうではない。


「ああ、いや、違くて、どちらかというと銃の名前の方が近いです」

「なーんだ、先にそう言ってくれればいいのに」


 ゲルマニアでは銃にGew93とかReG02とか名前を付けている。戦車の名前はそれが一番近い。


「で、どういう名前を付けるといいと思う?」

「僕はⅠ号戦車とかでいいと思うのですが」


 ナチスドイツで最初に設計された戦車の名前をパクったものだ。


「それでいいんじゃない?」

「え、ああ、そうですか?」

「うん。じゃあそれでよろしく」


 こんな雑な感じで名前は決定された。これこそが人類初の戦車、Ⅰ号戦車である。

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