戦車試作品Ⅱ

「じゃあ私が装填手と燃料手やるよ」


 シグルズが諸々の事情を話すと、ライラ所長はそう応えた。


「じゃあよろしくお願いします」


 そうしてライラ所長、シグルズ、ナウマン医長の体制で戦車を動かすこととなった。しかし――


「う……あ……シグ、ルズ……」

「ああちょっと、大丈夫ですか!?」


 ライラ所長もまた、出血多量で死ぬ寸前にような様子でうなだれていた。どうやらライラ所長でもダメだったらしい。なお、ナウマン医長は依然として楽しそうに戦車を操縦していた。


 さて、仕切り直しである。


『じゃあ砲塔の試験を始めよう』

「了解です」


 走行性能を試すのは一先ず置いておいて、砲塔を試験することにした。


「ヴェロニカ、装填」

「はい!」


 ヴェロニカは魔法を使って砲弾を持ち上げ、主砲に投入した。


「よし。じゃあやるか」


 装填手を兼任しているシグルズは、主砲に備え付けられている潜望鏡のようなスコープを見ながら砲塔を人力で回し、照準を合わせる。そして引き金を引いた。


 反動で戦車の全体が揺られ、爆音が鳴り響く。榴弾は見事命中し、目標としていた木製の的を粉々に吹き飛ばすことに成功した。


「……よし。成功だな」

『成功だねー』


 この主砲自体は既に帝国で実用化されていたものを流用したものだ。その性能については申し分ない。期待通りである。


 問題はこれで戦車に損傷が出来ていないかだ。


『シグルズ、現時点で機能に問題は?』

「特に問題はありませんね」


 一発撃った段階では問題なし。だがそれだけでは足りない。


『了解。だったら何発か撃ってみようか』

「了解です。ヴェロニカ、よろしく」


 ヴェロニカが次々と砲弾を込め、シグルズが次々と引き金を引いた。その都度に車体が揺れ、車内が徐々に熱く、また煙たくなってきたが、特に弾詰まりなどが起こることはなく、試験は問題なく完了した。


 ここで一旦休憩ということになり、シグルズたちとライラ所長は情報を共有することとした。


「――まあやはり、振動が大き過ぎるのが問題ですね」

「そうか……乗り心地をちゃんと考えないといけないってことね……」


 動かす際も砲撃する際も、振動が大き過ぎる。乗り心地くらい多少は我慢しろというのが兵器ではあるが、ここまで使い心地が悪いと運用にも支障が出てくる。機能性だけを考え過ぎた付けなのだろう。


「でも、反動を減らす方法なら、1つありますよ」

「何?」


 シグルズは反動を相殺する手段に心当たりがあった。


「マズルブレーキです」

「――何言ってるか分かんないんだけど」

「ええ、まあ、実物を見せた方が分かりやすいと思います」


 シグルズは魔法で主砲の先端部分だけを作り出した。ただし、その先っぽは膨らんでいて、そこには何個かの穴が開いていた。


 ライラ所長はそれを発見するなり、興味深そうにまじまじと観察し出した。


「これはつまり……火薬の燃焼ガスを左右から排出して反動を減らすということ?」

「まさにその通りです。流石はライラ所長」


 反動のうちそこそこの割合を占めるのが、砲から砲弾に伴って放出されるガスである。これが砲自体を後ろに押し込むことで反動が大きくなる。このガスを左右に逃がすことで反動を相殺するのがこのマズルブレーキの役割である。


「それと、ここにガスが当たることで砲身が前方向に引っ張られるという効果もありますね」

「なるほど……」


 また別の役割として、ここにガスがぶつかることにより、砲身が前に押されるというのもある。主にこの2つの効果を利用して反動を相殺するのがマズルブレーキだ。


 ただしこれは弾道に影響を及ぼしてしまう為、地球ではこれ以外の技術によって反動を減らす方向に技術が進歩した。もっともそれを可能にするほどの技術はまだゲルマニアには存在しない為、これがマズルブレーキが最適な選択肢だろう。


「作成難度はそう高くないですし、これを追加で付けてもらえれば、主砲の反動はある程度マシになると思います」

「分かった。今度やってみるよ」


 こちらは何とかなりそうである。だが問題は走行時の振動である。


「走る時の振動はどうすればいいと思う?」

「それが……僕には思い付きませんね」


 地球の戦車において振動を吸収するものはサスペンションであるが、これはもう既に取り付けられている。だがゲルマニアの技術力の限界で、これの性能がかなり低いのである。


 つまりは現状取り得る最善の対策がされているということで、シグルズにこれ以上のいい案は思いつかなかった。シグルズには既に地球に存在するものを教える以上のことは出来ないのである。


「振動を吸収……振動を吸収……」

「うーん…………」


 ライラ所長もシグルズも思い思いに物思いにふけっていたが、一向に答えは出てこなかった。


「そうなると……色々なサスペンションの方式を試してみるとかどうです?」

「まあ妥当な判断だね。バネ、コイル、油圧……油圧?」

「? 油圧が何です?」


 ゲルマニアの技術力では精密に密閉された筒を作るのは難しい。油圧を利用した機械は原理としては昔から考案されているが、その実用化は未だになされていないかった。


「油圧式の問題は、油が漏れて使いものにならないことだよね?」

「確か、そんなようだったかと」

「だったら、魔法で油を作り出せばいいんじゃないかな?」

「いけなくはないかもしれませんが……」


 漏れ出てくるのならその都度補充してしまえばいい。魔法を使えば走行中でも容易なことである。発想としてはありだ。


 果たしてそれが上手くいくのかは疑問だが。

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