戦車試作品

 ACU2310 7/15 ハーケンブルク城


「これが、戦車というものか……壮観だな」


 オーレンドルフ幕僚長はそれを見て感心していた。


 主砲は回転砲塔に40ミリ榴弾砲、副砲に2丁の同軸機関銃、魔導弩程度ではびくともせず、どんな悪路でも自走出来る鉄の車。乗員3名。地球のものとは想定する敵が違う為、設計思想は根本的に異なっている。


「まあ、私が付きっきりじゃないと作れない欠陥品なんだけど」


 と言いつつ、ライラ所長は頬を赤くして照れていた。やはり前代未聞の大発明を組み立て上げたことは誇らしいのだろう。


「それは――どういうことなのだ?」

「砲塔とか装甲とか、全部私が魔法で材料を加工して造ったんだ。だから大量生産なんて全く出来ない。まあ、兵器としては欠陥品だよね」

「なるほど。まだまだ完成には時間がかかるということか」


 地球の複数の戦車を混ぜ合わせた設計図は完成し、ここにその完成品もある訳だが、それだけでは完成とは言えない。必要な数を安定して供給出来る体制が整ってこそ、初めてその兵器は完成したと言えるのである。


「でも、性能を試すにはこれで十分だからね。今日は色々と実験してみようってことだね」


 ライラ所長とて、やはり実際に動かしてみなければ分からないこともある。


 本当は彼女も戦車に乗りたかったのだが、車外から観察した方がいいという結論に達し、こうして戦車を眺める一団の中に加わっているのである。


 ○


 狭苦しい戦車の中には3名の人間がいた。車長兼砲手のシグルズ、装填手兼燃料手のヴェロニカ、運転手のナウマン医長である。


「君は……どうして運転手なんだ?」

「色々なものを運転するのには慣れておりますから。それに、万が一何か良くないことが起こっても、私ならば対処出来ます」

「まあ、いっか……」


 ナウマン医長は完全に便利屋と化していた。


「ヴェロニカ、砲弾は重くない?」

「はい。このくらいは平気です」


 明らかに肉体労働である装填手をヴェロニカがやっているのは、彼女が魔法で砲弾くらい軽々と持ち上げられるからである。ヴェロニカにはまだ技術がないが、その潜在的な魔導適性は計り知れず、こういう分かりやすい魔法ならば無類の能力を発揮するのだ。


「それと、燃料は作れてる?」

「こちらも問題なしです」


 燃料手というのはつまり、魔法で燃料を作り出す担当のことである。こちらもやはり、魔導適性がものを言う。同じ量のエスペラニウムから作り出せる燃料の量は人の才能によって左右されるのだ。


 因みに、筋力を上げる魔法で消耗するエスペラニウムは、燃料を作り出すのと比べて微々たるものである。


『シグルズ、出発していいよ』


 ライラ所長からの通信だ。


「了解です。ではナウマン医長、前進」

「了解しました」


 ナウマン医長はこなれた動きで戦車を操り、戦車はゆっくりと前に進みだす。最初は徐行の実験からだ。


「し、シグルズ様、結構揺れるんですね……」


 開始早々、ヴェロニカは死にそうな声を上げた。


「まあ、それは仕方ない。乗り心地は最初に犠牲にせざるを得ないからね」

「――耐えられる気がしないのですが」


 戦車の乗り心地はかなり悪い。この世界の技術力では普通の乗用車でも乗り心地がかなり悪いのだが、その比ではないくらいに悪い。つまるところ凄まじく車酔いを引き起こすのだ。


「そうか。僕はまだ外に顔を出しているからいいものの、ヴェロニカはずっとそこにいるしかないのか」

「で、ですね」


 シグルズは車長として戦車の天辺から顔を出し、外の様子を観察している。それは図らずしも、車酔いを軽減していた。


「ところで、ナウマン医長は大丈夫なのか?」

「何が、でしょうか?」


 ――その調子なら大丈夫そうだ。


「まあその、気分が悪くはなっていないか?」

「はて。特に何もしていないのに、何を以て気分が悪くなるのでしょうか?」

「君はすごいな、相変わらず」

「は……?」


 ナウマン医長は何の話をしているのかすら分からないらしい。彼の強力な三半規管が羨ましいばかりである。


『シグルズ、そっちの調子はどう?』

「問題ありません。外から見ていて異常はありますか?」

『特にないよー』

「では次に進みます」


 徐行運転では問題なし。ここから一般的な自動車の速度くらいまで加速していく。


「ナウマン医長、加速だ」

「了解しました」


 アクセルを踏み込んでいき、戦車はじわじわと速度を増していく。それに付随して揺れも酷くなっていく。


「し、シグルズ様……ちょっと、休憩、を……」

「……分かった。停止だ」


 いい調子になってきたところだが、シグルズは実験を一時停止させた。


「ヴェロニカ、大丈夫?」

「い、いえ、ちょっと……」


 ヴェロニカは壁にもたれかかってぐったりとしていた。これでは装填手の仕事などこなせまい。


「……そうか。車酔いという概念がまだないのか」

「な、何ですか……?」

「気にしなくていい」


 機械先進国のゲルマニアですら自動車はまだ普及していない。乗ったことのない人間が大多数を占めている。そんな状況で、地球で色々なものに乗り慣れているシグルズですら気持ち悪くなる戦車に乗れば、酔わない筈がないのだ。


 まあナウマン医長が平気な理由は皆目見当がつかないが。


 しかしこれは重大な問題である。予想外の問題がシグルズに立ち塞がった。

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