第十七章 外交交渉

外つ国人

 ACU2310 8/23 ガラティア帝国 トリツ王国


 白の魔女クロエは中立国であるガラティア帝国を通過し、大八洲皇國へと向かっている。ガラティアの舗装された街道を通り馬車に揺られていた。


「何も考えてなかったのですが、この格好で大八洲に行くのはありだと思いますか?」


 クロエは隣で無表情に座っているマキナに尋ねた。クロエは特に何も考えずに西方風のドレスを着ていたが、それが非礼にならないかどうか急に心配になってきたのである。


「確かに、ただでさえ戦時下であるのですから、礼儀を尽くすべきかと」

「まあ……ですよね」

「着物の用意はあるのですか?」

「いいえ、ありません」

「…………」

「…………」


 大八洲風の衣装の用意は残念ながらなかった。


「それでは、この辺りで買うのがよろしいでしょう。金ならありますよね?」

「ええ。お金の用意はありますよ」


 ガラティア帝国というのはそもそも旧大陸の東西貿易の中継地点として世界中の産品が集まっているが、中でも大八洲とガラティアの国境にほど近いこの辺りでは、国の製品が多く売られている。一部の金持ち向けに高級品も売られていることだろう。


「数日前に買った服で訪問するとはなかなか酷い話ですが……まあいいでしょう」

「はい。では適当なところで一度止まりましょう」


 という訳で、クロエとマキナは買い物に出かけることにした。


 ○


「どういう感じのものがいいんでしょうか……?」


 陳列された大量の着物の前に、クロエはすっかりたじろいでしまった。彼女には、というかほぼ全てのヴェステンラント人には、大八洲の服のセンスが分からなかったのである。


「私には分かりかねます」

「……ここは素直に店主に聞くべきですかね」

「それが妥当でしょう」

「ですけど……」


 しかしそれはクロエの矜持が許さなかった。一国の大公ともあろうものがこんな一介の服屋の店主に助けを求めるというのは許しがたいことである。とは言えそれ以外にどうしようもなく、クロエは自分の矜持の為に時間を空費していた。


 その時だった。


「あれ、クロエじゃないか」

「――その声は、シグルズですか」


 シグルズもまた同じ店を訪れていた。


「シグルズ、どうしてここに?」

「それは互いの為に黙っておいた方がいいんじゃないかな?」

「まあそうですね」


 こんなところにいるとなれば用事は国家機密の類だ。クロエとシグルズは互いに黙っているのが賢明だと判断した。


 ――シグルズなら……


 そしてシグルズに助けを求めるのはありかもしれないとクロエは思った。自分と対等に渡り合った世界でも極めて珍しい存在であれば、まあいいのではないかと。


「シグルズ、あなたは大八洲の服についての見識はありますか?」


 供回りが警戒しているのは気にせず、クロエはシグルズに普通に問いかけた。


「まあ、なくはないけど」


 元日本人であるシグルズにとってはお安い御用――でもないが、まあ全く分からない訳でもない。


 その瞬間、クロエの目が分かりやすいくらいに輝いた。と同時に、シグルズはクロエが着物を選びかねているのだと察した。


「その、大八洲に遊びに行こうと思うのですが、どういう着物を着ていくべきだと思いますか?」

「遊びにって……まあいいや。大公なんだったら普通は自分の家紋の柄がついたものを用意すべきだと思うけど……」


 そもそも市中で服を買おうとしている時点で間違っているのである。まあそれを言ってもどうしようもないのだが。


「それがないから困っているんです」

「だったら、まああんまり派手じゃないものを適当に買っていけばいいんじゃないかな。一応柄は五つ紋かな。格式はないけど。あと、素材は絹がいいだろうね」

「まあ……ありがとうございます」

「でも、僕もあんまり詳しくはないから、正しい知識はここの店主とかに聞いてみればいいんじゃないかな?」


 ――まあそうなりますよね……


「それはちょっと……まあともかく、ありがとうございました」

「そう。じゃあまたね」


 シグルズは軽いノリで手を振ると、店の奥へと去っていった。


 クロエはシグルズの適当な助言に従って適当にそれっぽい絹の着物を購入した。シグルズとは何度かすれ違って、その度に気まずくなった。


「まあ、着ていきますか」

「そうですね。国境もすぐそこですし」


 着物は黒色の地味なものである。クロエは早速着てみることにした。冷静になると試着しなかったのは馬鹿だったと思いつつ。


「これは……私に似合っていないのでは……」

「それは……私には判断しかねます」


 クロエの真っ白な肌と髪の毛と黒色の着物の親和性は最悪だと言わざるを得なかった。


「買い直しますか?」

「いえ、それは失礼でしょう」

「そうですか。まあ服の似合う似合わないなど気にする者はいません。気にせずに赴くのがいいでしょう」


 それに大八洲の最高指導者は妻もなく女に興味もなさそうな晴虎である。尚更気にする必要もないだろう。


 クロエ一行は着物に着替えて大八洲の地へと踏み込んだ。

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