戦車開発Ⅲ

「鋳型の簡単な作り方……あ、そうだ」

「何?」

「そう、僕たちには魔法という便利な道具があるではありませんか」

「魔法で鋳型を作る、か……」


 少なくとも見当違いの提案ではないらしい。ライラ所長は頭の中で大真面目に検証してくれているようだ。


 だがあまり順調ではないようだ。顔が分かりやすいくらいに曇っている。


「まずそんなことをしたことがないから、上手くいくか分からない。まあこれはやってみれば分かることだけどね。それと、もっと深刻なのは実験の為のエスペラニウムが足りない」


 エスペラニウムは船における燃料のようなもの。足りなければ何も出来ない。


「しかし、エスペラニウムは既にガラティア帝国から買い付けているのでは?」


 シグルズは思い出す。


 ガラティア帝国とは少し前にゲルマニアの技術や製品を代償にエスペラニウムを買う契約をした筈だ。そしてそれはちゃんと機能している筈なのだが。


「いやー、まあ何というか、エスペラニウム1万人分ってのは一般的な魔導兵に換算しての数字だし、備蓄分はくれないんだよね」


 1か月間魔導兵を動かせる平均的な量のエスペラニウムを毎月送る。それが契約の基本的なところである。故に12万人分のエスペラニウムを1月で集中して使い切るなどは不可能だ。


 これもガラティア帝国なりの安全保障策なのだろから、責めることは出来ない。


「でも、1万人分というのはそれなりの量なのでは?」

「まず1万人分が全部ここに回ってくる訳がないでしょう?」

「あ、確かに」


 第一造兵廠に回ってくるのは2,000人分程度のエスペラニウムである。他は魔導探知機や通信機に使われ、戦争や国境警備の効率化を図っている。


「そしてその程度の量では全然足りないんだよ。特に実験段階では大量のエスペラニウムが必要になるからね」

「となると、難しいですね」


 これはなかなか根本的な問題だ。小手先の工夫でどうこう出来る問題ではない。


「まあ、足りぬ足りぬは工夫が足りぬとも言うけど……」

「何それ?」

「ああ、その、昔聞いた格言です。どこのものかは忘れましたが」


 実際は大日本帝国の格言である。しかし、考えても考えても、この問題を解決する手段は思いつかなかった。


 その時突然、応接間の扉が開いた。


「ねえシグルズ、何か困っているの?」

「姉さん?」


 シグルズの義姉、金髪碧眼のエリーゼがひょっこりを顔を出した。


「まあ、そうなんだけど――」


 シグルズはここまでの流れをざっと説明した。そして現下の大問題はエスペラニウムの不足であると。


「なるほどなるほど。それだったら、お姉ちゃんが用意してあげられるわよ」

「用意って……そんな個人で何とかなる問題じゃ――」

「ライラ所長、どのくらいの量が必要なんですか?」


 シグルズの忠告も聞かず、エリーゼはどしどし話を進める。


「ざっと追加で3,000人分ってところかな」

「ほら、流石にそんな国家予算のものは――」

「いけるわよ」

「え?」

「用意出来るわ、そのくらいの量なら」

「おー。じゃあよろしく」

「いやいやいや、ちょっと待って!」


 状況が全く読み込めない。エリーゼはただの一般市民なのだ。そんな小国の軍事力に匹敵するものを用意出来る筈がない、筈なのだが。


「何?」

「どうやって用意する気なのさ? そんなとんでもない量」

「どうやってって、買えばいいじゃない」

「何その理論……」


 金さえあればそれはそりゃ買えるだろうが、金がないのが問題なのだ。


 そもそも買うと言っても売ってくれそうな国も近くにないし。


「そうだよ、そもそもガラティア帝国が厳格な輸出管理をしているから今になるまでエスペラニウムを買えなかった訳だし、周辺国はみんなエスペラニウムを算出しないし、どこから手に入れるのさ?」

「うーん、密輸?」

「うーん?」

「ああ、どこから手に入れるかって話だったわよね。それならガラティアからよ。あの国の国境警備なんてザルよ」

「へ、へえ……」


 シグルズはもうどうでもよくなった。やるんだったら勝手にやってくれと思った。


「でも一つ問題があるわ」

「――何?」


 もう知らんが、一応聞いてみる。


「そんな大量のエスペラニウムを運ぶ手段がないわ。お金ならあるけど」

「そんなことを言われても――」

「でしたら、私がお手伝いしましょう」

「今度は誰!?」


 激戦地から辛くも生還したようなボロボロの軍服、歩くたびに何かの金属が音を立てる男、ナウマン医長がやって来た。


「あらー、手伝ってくれるの?」

「はい。帝国鉄道の伝手を使って適当な車両を開けておきます。それを使ってください」

「き、君は医者じゃなかったっけ?」

「はい、医者ですよ。しかし昔は帝国鉄道とも縁がありまして」

「はあ……もういいよ。勝手にやってくれ。ハーケンブルク城は勝手に使ってくれていいから。どうせ経理は姉さんがやってるし」


 とは言え、廃城になってから数百年のこの城に大したものは残っていないのだが。


 しかし、このどう言いつくろっても犯罪な何かが、帝国でもかなりの重責を担う工場長と師団長の目の前で行われようとしていた。

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