戦車開発Ⅱ

「ええ――問題を整理しましょう」

「うん」

「問題は、鉄だけで出来た船や車を造ったことがなく、その量産に必要な設備も技術も全く揃っていないこと、ですよね?」

「まあ、そうなるね」


 ゲルマニアが世界に誇る甲鉄戦艦も、所詮は木造の船体に鋼鉄の装甲板を貼り付けたものに過ぎない。船体そのものを鉄で製造するよな技術はゲルマニアには存在しないのだ。以前完成させた自動車も、基本的には木製である。


「シグルズはそこら辺のことは分からないの?」

「それはちょっと……分かりません」


 シグルズは恐らく神から与えられた魔法の力によって、元の世界に存在していた兵器の完成品を作ることが出来る。だがそれはシグルズも計り知れない原理によるもので、どうやって作っているのかは本人にも分からない。


 完成品を事前に示されるというだけでも相当な意味はあるが、やはり欲しいのは青写真なのだ。


 ――いや待て……


 シグルズも兵器の量産について全く無知である訳ではない。教養程度ならば量産に成功した兵器のことも知っている。


「鋳造で戦車を造ればいいのではないでしょうか?」

「鋳造……?」


 一応説明しておくと、鋳造とは砂など作った鋳型の中に溶けた金属を流し込んで目的のものを作ることである。利点としてはかなり複雑な構造でも一挙に作れるということがあるが、不純物が入りやすく機械的な強度は落ちてしまうという欠点もある。


「なるほど。鋳型さえ造ってしまえば後は簡単に量産出来るってことだね」

「そういうことです」

「でも、そうなると設計を一からやり直しになるんだけど」


 ライラ所長は派手に面倒臭そうな顔をした。当然ながらこれまでの設計は鋳造を前提としたものではなかったのだ。


「それについては……頑張って下さい。僕がまた完成品を見せますから」

「本当?」

「はい」


 シグルズは鋳造で大量生産されていた戦車を知っている。第二次世界大戦で最も多く製造されたソ連の戦車、T-34である。


 ○


「すごいねー、君」

「いや、それほどでも……」


 試験場に移動して、シグルズは早速T-34を産み出した。その装甲は滑らかに曲がっており、これは鋳造の利点の一つである。こうすることで防御力が上がる。


「いやー、でもさー」

「どうしました?」


 ライラ所長は申し訳なさそうに零した。


「これ、大き過ぎない?」

「――確かに」


 これは第二次世界大戦期の戦車だ。未だに第一次世界大戦期の戦車すら造ったことのないのに、いきなり飛躍してこれを造れというのは無理がある。シグルズはすっかりそのことを失念していた。


 つまるところ、このT-34をそのまま造るというのは不可能ということだ。


「となると……以前に見せた戦車を、これを見ながら改造してもらうという形で……」

「結構なことを言ってくれるね」

「さ、流石に厳しいでしょうか?」


 いくらライラ所長と言えども、この世界にとって全くの超技術を更に改良せよというのは無理があるのではあるまいか。現物をそのまま再現するので精一杯なのではないかと、シグルズは思った。


 そう思っていたのだが、ライラ所長は不敵な笑みを返した。


「この私に設計出来ないものなんてない!」


 そして聞いたことのないような大声で叫んだ。


「え、あ、はい」

「ええ、ごほん。この私に任せてくれたまえ、シグルズ君」

「じゃ、じゃあお願いします」

「じゃあ、このまま朝まで手伝ってね?」


 ライラ所長は子供に新しいおもちゃを与えた時のように大げさに反応していた。研究者魂とかそういうものに火が付いたのだろうが、シグルズはそれにどう応えればいいのか分からなかった。


「そのくらいは覚悟してましたので、構いませんよ」


 シグルズがT-34を作りまくって、それをライラ所長はあらゆる角度から切り刻み、図面に起こしていった。それを完了するまでは36時間程度の時間がかかり、その間シグルズは食事を取ることすら許されなかった。


 そんな現代の奴隷労働みたいなことをさせられ、作業を始めた日の次の夜中。


「よし、出来た……」

「あ、そ、そうですか……」

「あ、うん……」


 もう完成を喜ぶ気力すらなかった。すっかり憔悴した両名は何も言わずに寝床へと飛び込んで、丸一日起きることはなかった。


 ○


 その翌々日の朝。シグルズとライラ所長は再び面会していた。


「取り敢えず、設計図が完成したのはおめでとうございます」

「うん。まあ、これを元にして小型の鋳造装甲の設計図を作らなければいけないから、道はまだまだ長いけど」

「お願いします」


 ここから先はシグルズが全く関われない領域だ。ライラ所長を信じて待つしかない。


「ああ、でも、シグルズ」

「何です?」

「私気づいちゃったんだけどさ」

「な、何でしょうか……?」


 非常に嫌な予感がした。


「そう言えば鋳型を造る技術がない」

「え」

「人が乗れるほど巨大で、かつ精巧な鋳型なんて、誰も造ったことないんだよね」

「なんてこった……」


 迂闊だった。そこで引っ掛かるとは思ってもみなかった。


 シグルズは鋳型を作り出すことは出来なかった。何故ならそれ自体は兵器ではないし、そもそも鋳型の構造など殆ど知らないからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る