戦車開発
ACU2310 6/20 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 ハーケンブルク城
シグルズ率いる第88師団は前線勤務の任を解かれ、一応はシグルズの封土(人口は0)ということになっているハーケンブルク城に舞い戻った。
ハーケンブルク城周辺には帝国第一造兵廠と帝国第五十七造兵廠が建てられている。第一造兵廠はライラ所長が勝手に移設してきたもので、五十七造兵廠はハーケンブルク城と帝都ブルグンテンを結ぶ鉄道を建設する為の方便に造られたものだ。
もっとも、どちらも案外きちんと機能しており、第一造兵廠で設計開発されたものの量産を五十七造兵廠で試すという流れが定着している。
兵器というのはやはり量産出来なければならない。結局のところは物量がものを言うのである。その点この生産実験機構は非常に合理的なものであると言えるだろう。
「ライラ所長、戦車の開発はどんな調子ですか?」
シグルズはこの魔女のコスプレみたいな格好をしている女性に尋ねた。誰もこの三角帽子に突っ込まないのだろうか。
「そうだねー、結構難航してるかも」
「所長でもそんなことが……」
「流石にこれはねー、人跡未踏過ぎるよ」
「まあ、それはそうです」
去年までは実用自動車すら存在しなかった国に戦車を開発せよと言っているのだ。難航しない訳がない。いくら魔法の助けと完成品があってもだ。
しかし、ライラ所長が作れないのならば恐らく世界の誰にも作れない。製図などには一切の知識がないシグルズは彼女を頼りにするしかなかった。
「どの辺りが難航しているんですか?」
「量産の方法かな。時間をいくらでもかけていいのなら、もう魔法なしでも作れはするんだけど……」
「その時点ですご過ぎるとは思いますが……」
戦車というものを提案したのは半年前くらいだ。その僅かな期間だけで設計図を完成させたライラ所長には敬服せざるを得ない。
「だけど、1両作るのに2か月かかる」
「ああ……」
「そして生産ラインは今のところ1つしかない」
「ああ…………」
戦車は少なくとも100両単位で運用しないと意味がない。十数両程度、少し機転の利くヴェステンラントの司令官がいれば簡単に撃破、無力化されてしまうだろう。
「ええと……そうですね……もう少し詳しく教えてくれますか?」
「うん。ちょっと来て」
第一造兵廠の端っこ、一応の応接間的な場所にシグルズは連れてこられた。ここの雑な作りは帝都にあった第一造兵廠から進化がないようだ。
「そう言えば、元の第一造兵廠はどうなっているのですか?」
「あー、あれはクリスティーナにあげちゃった。もう要らないし」
元々第一造兵廠だった建物と土地は、現在は第二造兵廠の別館として兵器の量産に使われているらしい。
「要らないって……」
「ここだけで十分だよ」
ライラ所長にとっては場所も設備も大して必要なかったのである。
「じゃあ本題に戻ろうか」
「はい」
「そうだねー……まあ問題になっているのは本体の作成。主砲や機関銃はこれまでの兵器の流用で済ませているし、魔法ガソリンエンジンは結構簡単に作れるんだけど、車体が問題だよね」
「それはそうですよね……」
やはり問題は車体。装甲板を組み合わせて作られた戦車の本体である。まあ体積の殆どを占めているものなのだから、当然と言えば当然ではある。
「材料の装甲板の生産はどうです?」
「まずそこからかな。クリスティーナに計算してもらったけど、全然間に合わないんだよね」
「そこか……」
戦車は基本的に複数の装甲板を組み合わせて作られる。その生産がそもそも不可能であるらしい。
「ゲルマニアが装甲を使うことなんてないし、まあ当然と言えば当然か……」
「そうだねー」
地球の歴史を振り返ってみると、戦車というのはそもそも陸上軍艦として考案されたものである。つまり海軍の戦艦の技術がある程度成熟してきた段階で誕生した兵器なのだ。この戦艦とは竜骨から船体に至るまで全てが鋼鉄で作られている戦艦のことである。
この過程を完全にすっ飛ばしている以上、ここで装甲の量産という難題にぶつかるのはある意味当然のことだ。
「いっそ歴史をなぞって戦艦から作るか……?」
「?」
「いや、何でもないです」
いっそ三笠くらいの戦艦を作ってもらって技術を習得してもらおうとも思ったが、そんなことをしていたら時間がかかり過ぎる。
――いや、でもこれもいずれ必要になるか。
ヴェステンラント撃滅するには海を渡らなければならないが、その為にはゲルマニア・ブリタンニア・ルシタニア連合艦隊が手も足も出なかったヴェステンラント海軍を相手にしなければならない。
ゲルマニアが世界に誇る甲鉄戦艦すら簡単に撃破されたとなると、残るは完全な戦艦を作るしかない。
――いや、でも……
そうでもないと思いつく。
海軍ならばヴェステンラント艦隊を完膚なきまでに破った大八洲の海軍がある。ガラティアの協力を得て大八洲の船でゲルマニア陸軍をヴェステンラント大陸に送ることが出来れば、あまり現実的ではないが、海軍を用意するのは必要ではない。
「どうしたの? 頭の中で宗教戦争でもしてるみたいな顔してるけど」
「その例えはあまりよろしくないのでは……」
この世界では比喩ではなく普通に宗教戦争が起こっているからだ。
まあそれは置いておいて、シグルズは迷走した思考を一旦巻き戻すことにした。
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