ヴェステンラントの戦略Ⅱ
「何、想像するに難くないことだ。大八洲の政治体制を考えればな」
「早く言いなさいよ」
「まったく、せっかちな大公殿だ。私が思うに、大八洲は今、国内が割れている。これ以上戦争を継続すべきか、或いはここらで我々と和を結ぶべきかとな」
「なるほど。大八洲が数百の大名の連邦だからね」
「連邦、という言い方は適切ではないな。まったく、敵国のこともロクに調べていないのかね?」
「はいはい、皆様に分かりやすいようにそう言い換えただけよ。大八洲がとても連邦と呼べる体制でないことくらい、私でも知ってるわ」
まず大八洲皇國という国の構造について。
大八洲は一見してヴェステンラントのような連邦国家に見える。だがその実はバラバラな国家の集合体だ。どちらかというと同盟と呼ぶべきだろう。
各々の国は、定期的に上杉家に税を納めること除けば、その国内においてはほぼ独立国と同じ権限を持っている。因みに国というのは大名の領国のことである。これはまた、領分や藩などと呼ばれている。
領国の自主性は非常に高く、一応は全ての大名が上杉家に忠誠を誓っているものの、上杉の当主に専制君主のような強権はない。命令が拒絶されることも少なくはないのだ。
このような状況であるから、大八洲全体として纏まった行動を取ることは難しく、特にこの戦争のような殆ど全ての大名を巻き込む一大事においては、大名の意見不一致によって迅速な行動がとれないことも多い。
「つまりは、大八洲の大名が戦争継続派と講和派に分かれているって言いたいのよね?」
「その通りだとも」
「そう考える理由は?」
「はるばる遠国への出兵は大変な負担となる。大八洲では制度上、兵站はそれぞれの大名が担当するものであるのだから、戦争を止めたい者も多いだろう」
「そうね。理にかなっている理由ではあるわ」
そのような大名が存在することは間違いないだろう。大名と言ってもその規模はピンキリだ。最大の勢力である上杉家はヴェステンラントの大公国にも匹敵する勢力を持っているが、最も小さな勢力では数万の民しか治めていないものもある。そんな弱小勢力にとっては南の海への出兵はかなりの負担になっているだろう。
だが、それが必ずしも大八洲の動きを制約するとは限らない。
「でも、そんな弱小勢力に発言権があるのかしら?」
「確かに、ないようなものかもしれないな」
例え弱小勢力が出兵に耐え切れなくなったとしても、その声が上杉家の晴虎を動かすとは思えない。そんな弱小大名は置いてけぼりにしていけばいいのだ。
「まあ、仮説としては微妙ね」
「微妙だから仮説なのではないか?」
「うるさいわね……ところで、大名同士の不和が原因だと考えた根拠はあるの?」
黄公ドロシアは横柄な態度で赤公オーギュスタンに尋ねた。最前線のドロシアが知らない情報をエウロパ担当のオーギュスタンが知っているとも思えない訳だが。
「いいや? 特にないが?」
と、自信満々に言う。
「ないって……」
「最初に言っただろう? 私は暇だったから色々と考えていただけだ。正しさなど興味はない」
「あなたねえ……」
「とは言え、これ以上にもっともらしい仮説を君は持っているのか?」
「…………」
そう言われるとドロシアは何とも言い返せなかった。オーギュスタンの方が人生経験は豊富な訳だし、彼の方が明らかに生まれながらの才を持っている。条件が同じならば彼に頭で勝てる筈がないのだ。
「じゃ、じゃあ、クラウディア! 何かいい仮説はある?」
「私?」
ドロシアは恥も外聞も殴り捨て、多分かなり頭のいい黒公クラウディアに助け舟を求めた。前にアチェ島沖海戦で助けてもらったのに、また借りを作ろうというのである。
「そうよ。大八洲が動こうとしない理由よ」
「私も特に思いつかない。他を当たって」
「…………」
結局、大八洲が動かない理由を考えるのは時間の無駄だということになった。
「――はい。各戦線の状況を共有したところで、今後の戦略を練らねばなりません」
摂政エメは話を無理やり進めることにした。
「ここはやはり、片方を停戦に持ち込んで片方を潰すしかないのではないかな?」
陽公シモンはそう提案した。両方同時に相手にするから膠着しているのであって、片方ずつなら捌ける。実に合理的な戦略である。
「そう出来たら、確かに楽だろうな、シモン」
オーギュスタンはシモンを馬鹿にしているような言い方で。
「何だその、もの言いたげな言い方は」
「その程度のこと、大八洲もゲルマニアも分かっている。いずれ自らが滅ぼされると知りながら講和を呑むとでも思うか?」
「そ、それは……」
十中八九、呑まないだろう。大八洲もゲルマニアも、互いに直接の交流は薄いが、実質的には持ちつ持たれつの関係にある。
「それか、陽の国と陰の国に動いてもらってもいいのだぞ」
「本土の守りを捨てろというのか?」
「誰が本土に攻めてくると?」
「む……」
陽と陰の国が動かない理由は、一応は本土の防衛と言うことになっているが、実際はその矜持によるところが大きかった。建国以来一度も国外に出したことのない軍団を動かすというのは彼らにとっては敗北を認めたようなものなのだ。
「まったく、時代の変化についていけ――」
「よいぞ。なれば、余が出てやろう」
「――これはこれは、女王陛下」
「陛下!?」
七公会議に初めて、禍々しい紫の外套を纏った少女、ヴェステンラント合州国女王ニナ・ファン・オブスキュリテが姿を見せた。
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