大八洲の行き詰まり

 ACU2310 6/12 マジャパイト王国 王都マジャパイト


「晴虎様、我らは既に息も絶え絶え。これ以上の出兵はとても続けられません。どうか、ご一考を」


 諸大名の前で恥を忍んでそう訴えたのは、伊豫洲(四国)を統治する大大名、長曾我部土佐守元信であった。上には上がいるとは言え、一地域を丸ごと治めるような大名がこのような窮状を訴えたのは、諸大名に衝撃を与えた。


 ヴェステンラントは補給線を維持出来ていないのは小大名だと予測していたが、実際は数で言えば8割以上、国力で傾斜を付けても半分の大名が兵站に苦しめられていたのだ。


「何が足りぬと言うのだ?」

「米も鬼石も、何もかもがとても足りておりません。このままでは兵は飢え、戦どころではございません」

「――相分かった。なれば、長曾我部殿は暫し休むがいい。マジャパイトの守りを任せよう」

「――はっ! ありがたき幸せにございます!」


 これで一件落着、と思われたが、この晴虎の判断は失敗であった。


「なれば晴虎様、儂からも一つ、言わせてもらいたい」


 武田樂浪守信晴は子を諭すような口調で言った。


「何だ?」

「我が武田を含め、諸大名は皆、このような遠国への出兵に苦しんでおります。長曾我部殿以外にも、いや、それ以上に苦しんでいる大名は多い筈。皆、どうか?」


 信晴は集まった諸大名に問いかけた。


「確かに、我らも苦しい」「我らも既に、兵糧が不足しておりまする」「長曾我部殿よりも、我らの方がよほど苦しんでいるというもの!」


 南部出羽守、大友呂宋太守、蘆名下埜守など、上杉や武田と比べれば二番手といった国力の大名たちが揃って声を上げた。


「と、このようであるのが、大八洲の現況です。いかがされるおつもりか?」

「む…………」


 晴虎は黙り込んでしまった。彼には明確な道を示すことが出来なかった。


「そうか。諸大名の足並みは揃わぬのも、これがあってのことであったか」

「儂もそのように存じ上げます」


 マジャパイトを電光石火の進軍で占領した後、大八洲の行動は停滞していた。何かあるごとに何か問題が起き、全体として酷い計画の遅れを招いていた。


「お、恐れながら、諸大名の皆様方が自らの窮状を申し上げないのが原因ではございませんか?」

「朔……」


 本来であれば晴虎の傍に座っているだけの筈だった長尾左大將朔は、ついにそれを我慢出来なくなった。


「ほう? 儂らに非があるとでも言いたいのか?」


 信晴は高慢な態度で応じた。まあこれは大名としての面子を保つためであるが。


「はい。皆様がもっと早くに晴虎様に申し上げられていれば、ここまで話がややこしくなることもなかったではございませんか」

「言いよるわ、小童が。大名の取り纏めすら出来ない者に、征夷大將軍たる資格があると言うか?」

「は、晴虎様を侮辱するのは赦しませんよ!」


 朔は怒った。晴虎を攻撃するような発言を、彼女は断じて赦さない。だが信晴は涼しい顔をしていた。


 その様子に朔が更に言葉を重ねようとした、その時だった。


「そこらで止めておけ、朔」

「し、しかし、晴虎様……」

「確かに我にも責は大いにある。大名を取り纏めて天子様に奉公するのが將軍の役目。それを果たせぬ我には力がなかったということだ」

「そ、それは……」


 本人にそう言われれば反論のしようもなかった。が、同時に、晴虎は「我にも」と言った。それは諸大名にも責があると示唆している。信晴はそれを見逃さなかった。


「晴虎様も、我らに責があると言われたいのか?」

「で、あるな。我は神でも仏でもないのだ。全てを見通せる千里眼など持ってはおらぬ。一言申してくれればよかったものを……」

「……」


 征夷大將軍にそこまで言わせてしまうと、信晴もこれ以上責められなかった。晴虎のどこまでの正義を追い求める姿勢は、諸大名の調子を狂わせて余りあるものだ。


 が、その時だった。


「見ていられぬな、信晴殿!」

「伊達が何の用だ?」


 獨眼龍、伊達陸奥守晴政はよく響く声で叫んだ。桐や源十郎や成政が止めようとしたがもう遅かった。


「下らぬ矜持に酔って自らの窮状をやせ我慢していた奴らが悪いのだ! そんな奴らの言うことなど聞いておれるか!」

「ば、バカ!」「何やってんだ兄者!」「これは流石に……」


 諸大名は凍り付いた。色々な意味で。


 結局のところ、諸大名が晴虎に言い出せなかったのはその大名としての、武士としての矜持の為だ。出兵を維持出来ないなどと真っ先に言い出せば必ず周りから蔑まれる。それを恐れた諸大名は、今の今まで自らの窮状を隠していたのだ。


 そのくらい分かっている。晴虎にも信晴にも。だが彼らの名誉を重んじて、あえて口に出さなかったのである。ご機嫌斜めだった朔ですら、何となくぼやかして言っていたのだ。


「伊達殿、無礼なことを言うでない」


 晴虎は晴政をなだめて穏便に下がらせようとした。だが晴政に下がる気はなかった。彼もまた、こんな旧い時代のやり取りに気分を害されていたのである。


「晴虎様、決して無礼なことを申し上げているつもりはございません。ただ己の名の為に民を苦しめた無能な大名を糾弾しているだけです」


 またしても凍り付く。ここまで直接的に言ってしまえば、晴政も後戻りは出来なかった。


 しかしそれは怒りに任せた暴走ではなく、極めて理性的な言葉だった。大八洲の体制では諸国に後れを取る。そのことを晴政は指摘したのであった。

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