反省会

 ACU2310 5/4 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


「ええ、集計結果が出ました。死者94,000人。戦傷118.000人です」

「――了解だ。下がりたまえ」

「はっ」


 ザイス=インクヴァルト司令官は死傷者の数を報告しに来た伝令を下がらせた。


 これは大損害どころの騒ぎではない壊滅的な打撃だ。作戦に参加した将兵の3人に1人が戦死し、今も戦える万全の状態であるのは3人に1人でしかない。


「これだけの犠牲を出しておきながら目標すら達成出来なかったとは、君の処遇も考えねばならないな」


 カイテル参謀総長は皮肉っぽく言った。軍部においては最高の権限を持つ彼の死刑宣告のような発言であったが、しかしザイス=インクヴァルト司令官は動じない。


「確かに、今度の作戦は失敗に終わりました。この責は全てこの私にあります」

「なれば――」

「で、ありますから、今後とも全身全霊を以て、帝国と皇帝陛下の為にこの身を砕いて奉仕したいと思う所存です」

「お前、そんなことで赦されるとでも――」

「今回はこれでいい、参謀総長」


 ヒンケル総統はカイテル参謀総長に釘を刺した。その声は恐ろしいほどに冷たいものであった。


「い、いや、しかし……」

「たった一度の失敗で有能な将官を失う訳にはいかない。彼には彼の言う通り、今後とも帝国の為に働いてもらう」

「ありがとうございます、総統閣下」

「…………」


 総統に合わせて親衛隊のカルテンブルンナー全国指導者がカイテル参謀総長に冷ややかな笑みを見せた。参謀総長は逆らうことの無意味、いや、そんなことをしたら自分の方が処分されることを悟った。


 もっとも、ここまで政治家の軍部への介入が大きいのはあまり好ましい事態ではない。戦争は軍人に一任するというのが本来あるべき形だ。


「まあ、そんな話をしている暇はない。ザイス=インクヴァルト司令官、今回は何故に負けたのだ? 低地地方では敵を圧倒した筈の浸透戦術が、どうして効果を発揮しなかった?」

「はい、閣下。既に理由は調べがついています」

「聞かせてくれ」

「まず一つは、敵が指揮機能を前線の司令官に完全に一任していたことです。我が軍で言うのならば、全軍をシグルズの突撃歩兵のように動かしていた、ということになりましょう」


 浸透戦術はそもそも、敵の後方に無防備の弱点があることを前提とした戦術だ。それ自体がないのであれば、敵を少々攪乱するくらいの効果しかないだろう。


「つまり、まずもって浸透戦術が機能していなかったのか」

「はい。現下の大問題を理解する為には、浸透戦術を以てしても突破出来なかった――と言うよりは、そもそも浸透戦術が行われなかったものと考えるべきなのです」

「それでは彼らが不憫ではないか?」

「確かに不憫ではあります。突撃歩兵の戦いはなかったものと見なされるのですから。しかしながら、我々が感情でものを語ってはなりません。我々は常に最も合理的な選択を取るべきです」

「……そうだな」


 ヒンケル総統は感情で行動することも多々ある訳で、その考えに全面的に賛同は出来なかった。とは言え、この問題についてはザイス=インクヴァルト司令官こそが正しいとも理解している。


「さて、敵に作戦を完全に見破られ、完全に近い対応をされたことが我が軍の敗北――とでもお考えの方は、まさかいらっしゃらないでしょう」

「…………」

「…………」

「…………」


 ザイス=インクヴァルト司令官以外の全員がそう考えていらっしゃった。彼も本気でそう言っている訳ではないが。


「問題を見誤ってはなりません。敵が指揮機能を前線に丸投げしたということはつまり、突撃歩兵による指揮機能の破壊が成功した場合を自ら再現してくれているに等しいのです。無論、強制的にその状態にさせられるのと、最初からその状態に備えていたのでは、全く中身が違いますが」


 それもまた真理。ヴェステンラント軍は自分で勝手に司令部を破壊してくれていたのである。


「つまりは……何が言いたいのだ?」

「本来であれば、司令部を持たない軍など狂騒する群衆も同じ。我が軍がそのようなものに敗北する筈はないのです」

「まさか……」

「はい。ヴェステンラント軍はそれを除いた状態でも我が軍を跳ね除ける力を持っていた。或いは、群衆のような酷く統制のない状態のヴェステンラント軍を打ち倒す力すら、我が軍にはなかったということです」


 浸透戦術には隠れた前提がある。


 それは、指揮系統さえ破壊してしまえば敵を突き崩すことなど容易ということである。指揮系統を失った敵はただの武装した群衆に過ぎないという前提があるからこそ、浸透戦術は機能する。


 だがヴェステンラント軍は違った。彼らは統制など全く取れていない烏合の衆のような状態でも、統制を固めたゲルマニア軍を上回る力を持っていた。


 それだけの圧倒的な力の差が、ヴェステンラントとゲルマニアにはあったのである。


「では、低地地方で浸透戦術が成功したのは何故だ?」

「あれは単に、初めてのことで対応に混乱が生じただけでしょう。二度目でしっかりと対応策を固めれば、我が軍など彼らにとっては敵ではなかったという訳です」

「……」


 誰もがゲルマニア軍ならばヴェステンラント軍を簡単に打ち倒せると思っていた。鉄と血は魔法などというよく分からないものを駆逐するのだと。


 だがその自信は今、あっけなく崩れ去った。

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