反省会Ⅱ

「しかし、これまで我が軍はかなり優位に立って防衛戦を戦ってきただろう? 私の目にはそれほどに力の差があるとは思えないが……」


 ヒンケル総統は不思議そうに尋ねた。


 確かに、坑道戦術という例外的な戦術を除けば、ヴェステンラント軍が塹壕を正面から突破したことはない。それはゲルマニア軍が圧倒的な力を持っていると言えるのではなかろうかと。


「そうですね……まず、攻撃三倍の法則というものがあります。まあ正直言ってこれ自体は眉唾ものの学説ではありますが、その言わんとすることは全く正しい」

「聞いたことはあるが……」

「その名の通り、攻撃する側は敵の3倍の兵力を容易すべしという説です。この数字は甚だ疑問ではありますが、攻撃側が優位な兵力、火力を持つべきだというのは、古代よりあらゆる軍指揮官の同意するところです」

「そうか……つまり、防御は出来ても攻撃は容易ではないということだな?」

「その通りです」


 簡単な話だ。防御の方が有利なのは明らかで、防御に成功したからといってこちらから攻め込むというのはおかしな話である。


「防御と攻撃を同じものとして扱うのは誤りですが、今回はその中に重要な事実が隠されています」

「何だね?」

「はい。我が軍が塹壕でヴェステンラント軍を撃退出来ているのは、我が軍にとって最適な距離で戦っているからです。我が軍の小銃、機関銃の性能は凄まじく、中距離での撃ち合いであれば、ヴェステンラント軍の魔導弩相手にも後れを取りません」

「ん? それでは塹壕など要らないということにならないか?」

「塹壕の役割はそもそも、敵の砲撃や騎馬突撃を防ぐことにあります。まあ後者の役割はあまり果たせなくなってきてはいますが。敵が魔導弩しか使ってこないのであれば、塹壕など不要なのです」


 ノルマンディア会戦の際も、敵が魔導弩だけを使っているうちは戦いを優勢に進められていた。戦列が崩れたのは砲撃と騎馬突撃が主たる要因である。


「話を戻しましょう。重要なのは距離です。我が軍は敵と十分に離れた距離を確保出来るのなら、既に十分な力を手に入れています。しかしながら、白兵戦にもちこまれた場合、小銃も機関銃もまるで役に立ちません。今回は緊急に銃剣も配備しましたが、こちらもさしたる戦果は挙げられませんでした」


 ザイス=インクヴァルト司令官は一瞬だけ苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。せっかくの銃剣がいとも簡単に無力化されたのが不愉快だったのである。


「それはそうだな。目の前の敵を相手にあんな長いものでは戦えまい」

「はい。そして、ヴェステンラント軍はその弱点を突いたのです。彼らは射撃の効果が薄いのを理解し、最初から白兵戦で我が軍を撃退することを考え、それを成功させました。最初から白兵戦を志向している魔導兵の前に、我が軍の将兵はほとんど無力でした」


 敵が混乱して分断されているところを奇襲すれば、局地的な数の優位を積み重ねることが出来、勝利することが出来た。低地地方の戦いはそのようなものだった。


 しかし今回の戦いでは敵は白兵戦に備えて陣形を整えており、その前にゲルマニア軍は刃が立たなかった。


「はっきり申し上げますと、現状のままでは敵の防衛線を突破することは不可能です。ヴェステンラント兵と至近距離で、少なくとも互角に戦えるだけの武器がなければ、どうにもなりません」


 ザイス=インクヴァルト司令官ははっきりと言い切った。彼の敗北主義者のような発言は、総統官邸に火を付けた。


「ザイス=インクヴァルト、職務を放棄する気か!?」「やはり彼には適切な処分が必要です!」「総統!」「優秀な人材なら他にもいるぞ!」

「黙れっ!!」


 総統は一喝。その鬼のような声は彼らを震撼させるに十分であった。


 そしてヒンケル総統は何事もなかったかのように話を続ける。


「しかし、ザイス=インクヴァルト司令官、我が軍には機関短銃という新兵器があるではないか。あれは白兵戦で魔導兵を凌駕すると聞いているが」

「確かに、性能についての認識はそれで間違いないです。しかしながら、機関短銃に必要となる拳銃弾を量産するのは難しく、全軍に配備することはとても不可能です」


 小銃と機関銃は同じ弾薬を使っている。その為、生産力への負担は比較的少ない。


 だが拳銃弾は別だ。これまで少量が生産されていたに過ぎなかったこれを千万発単位で生産するというのには無理がある。


 防衛線の維持の為に小銃弾の生産量を落とす訳にもいかず、現状、機関短銃の大量配備は絶望的である。


「これまでの話を総合しましょう。即ち我々は、敵が白兵戦においても数千人単位の兵をを動員せざるを得ない、圧倒的な武力を手にする必要があるのです」


 それは浸透戦術を有効たらしめるに必要なものである。敵が広範囲の管制を行わざるを得ないような圧倒的な戦力を用意出来れば、今回のような小賢しい真似は出来まい。


「それに具体的な案はあるのか?」

「現状では一つだけあります」

「何だね?」

「それは装甲戦闘車両、或いは――戦車です」


 戦車。塹壕を突破する為に発明された兵器。その構想をザイス=インクヴァルト司令官は高く評価していた。

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