ガラティアの軍備
ACU2310 5/4 メフメト家の崇高なる国家 ガラティア君侯国 帝都ビュザンティオン
「皆の者、聞け。たった今、ゲルマニアは我々の要求を受け入れることを承認した」
「それはそれは、喜ばしいことでございます」
スレイマン将軍はスルタン・アリスカンダルに一礼した。
「これで我が国も軍備の近代化に踏み切れるいうもの。我が国は益々精強なる軍隊を手に入れることでしょう」
要求というのはつまり、ガラティアで産出されるエスペラニウムとゲルマニアの武器を交換しようというものである。互いの足りないものを補うという、ある意味では理想的な貿易の形である。
「それは魔導士では足りぬということか、内務卿?」
アリスカンダルの近衛隊――不死隊の隊長であるジハードは不愉快そうに言った。
「――そうだ。我が国が用意出来る魔導兵は総勢で10万と少し。ヴェステンラントはともかく、大八洲と戦って勝利することすら難しいだろう」
「この……」
「そのくらいにしておけ、ジハード。それは紛れもない事実。どれほどに兵を鍛えようとも、結局のところ戦争の勝敗を決するのは数だ」
「陛下……」
――以前ならばそのようなことは仰られなかったのに。
「前とは言っていることが違う、と思ったか?」
「い、いえ、そんなことは……」
「隠さずともいい。私は変わったのだ。奇蹟を頼りに戦争をするのは止めた。理想的な指揮官とは勝てる状況を作り出せる者のことだ」
かつてのアリスカンダルは、圧倒的な兵力差があっても神速の采配で切り抜けてきた。彼にとって彼我の戦力差など問題ではなかったのだ。
だが彼は変わった。大八洲相手のあの敗北以来、彼の性格は極めて慎重なものになった。誰が見てもどう考えても負けようがないような戦いにしか手を出さなくなったのだ。
それが好ましいことなのか否かは微妙なところだが。
「分かりました、陛下」
「それでいい」
「ところで陛下」
内務卿、イブラーヒーム・イブン・ウスマーン・アル・ファールスは尋ねる。因みに彼は東方ベイラルベイ――将軍の中の将軍でもある。
「何だ?」
「陛下に直接の通達があったとのことですが、ゲルマニアは我が国の出した条件をそっくりそのまま呑んだのですか?」
「ん? そうだが」
「そうですか……」
「何か不都合なことでも?」
「私が出した条件はあくまで草案。本来ならば互いに交渉をして妥協しあうものでしたが……」
取り敢えずは強気な案を出して、お互いの案を擦りあわせて合意に至る。交渉とはそういうものだ。イブラーヒーム内務卿は少なくともそのつもりで案を出した。
だがゲルマニアはその案を何の文句も付けずに受け入れたというのだ。彼らにとって非常に不利な内容を、だ。
「別に、我が国が有利なのだろう? であれば、それでいいではないか」
「私にはどうも、ゲルマニアには別の意図があるように見受けられます」
ゲルマニアが善意で身を切ってくれる訳がない。何か考えがあって不利益を受容したと考えるが自然だ。
「別の意図?」
「正確なところは分かりかねますが、例えば何が何でもエスペラニウムを手に入れたい事情があるとか」
「エスペラニウムを手に入れたいか……とは言え、輸出するのは精々1万人分のエスペラニウム。その程度の魔導兵がいたところで戦局は揺るがぬと思うが……」
2日前の大敗北で失った兵力を埋め合わせるには足りな過ぎる。
「いや、それ以外の使い方があるやもしれぬな」
魔導装甲、魔導弩、魔導剣がエスペラニウムの使い道の全てではない。
「ジハード、何か思い当たるか?」
「え? そう、ですね……先の赤の魔女の侵攻で破壊された要塞の修理、というのはどうでしょうか?」
「魔法で作ったものはすぐに崩れてしまうのではないのか?」
「魔法で無から生成したものは、確かにそうなります。ですが、大きなものを持ち上げたりする分には問題はありません」
「そう、だな」
アリスカンダルはつい忘れていた。魔法には平和の為の使い方があるのだと。魔女を戦争の道具としてしか使ってこなかった彼の悪い癖だ。
「しかし、工事など時間をかければ出来る訳であるし、ヴェステンラント軍がすぐに動くとも考えにくい。彼らもまた痛手を負っている」
「確かに……」
自国民を適当に徴用すれば出来ることを、自国の技術を売り渡してまでするとは考えにくい。この線は薄いだろう。
「では何なのだろうか……」
「或いは、その程度のエスペラニウムを十分な戦力とする術を見出したのやもしれません」
労将スレイマン将軍は落ち着いた口調で言った。
「十分な戦力とする、術?」
「噂によればゲルマニアは、魔法を使う銃を運用しているそうです。彼らの技術力を以てすれば、効率よくエスペラニウムを用いることも可能なのかもしれません」
因みにこの噂と言うのはオステルマン師団長の持っている回転式小銃のことである。量産などされていないこの銃は、引き合いに出すには実のところ不適切であるが。
「確かに、大八洲なども魔法を使った大砲を作ったと聞く。そのようなものを使う気なのかもしれないな」
「そのような懸念があってもなお、この取引を続けられるのですか?」
イブラーヒーム内務卿は言った。ゲルマニアが負けるのは困るが、同時に軍備を増強し過ぎるのも困るのだ。
「構わない。ゲルマニアが我が国にしかけてくる理由がない」
「そうであるとよいのですが……」
「まあ、その時はその時だ」
目先には利益があるが、彼らの目はその先の暗い未来をおぼろげながら捉えていた。
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