ヴェステンラント流の塹壕戦
「突入せよ!!」
「「「おう!!!」」」
生きて塹壕まで辿り着いたのは全体の半分ほど。残りは動けないほどの重傷か死んだかだ。
彼らは前と同じように銃剣を構え、塹壕の中に飛び込んだ。
「そう来ると思っていたぞ!」
「何っ!」
オステルマン師団長が攻撃する間もなく、彼女の小銃は切り落とされた。銃剣もろとも銃が真っ二つになる。ヴェステンラント兵は既に剣を抜き、白兵戦の準備をしていたのである。
「閣下!!」
「私は大丈夫だ、ハインリヒ!」
「ほう? 武器を失くしてどうする気だ?」
などと余裕を見せながら、敵もオステルマン師団長と確実に距離を取っていた。彼女のただ者ではない雰囲気を感じ取ったのだろう。
とは言え、彼女が持つ武器は折れた小銃だけ。小銃としての威力すら弱まっているそれで、魔導兵との白兵戦に耐えうる筈がない。魔導兵はそう判断した。
「死ね!」
「甘いぜ?」
「な――」
銃声がして、気付いた時にはその兵士はこと切れていた。一体何が起こったのか分からず、周りの兵士が一斉に一歩退いた。
「じゅ、銃で撃ち抜いたのか……?」
「こいつ、何者だ……」
彼女の手には一丁の銃が握られていた。回転式小銃という、この世でも恐らく彼女だけが使っている珍品である。
「私はシュルヴィ・オステルマン。さあ、死にたい奴からかかってきな!」
命の危機を感じ、ジークリンデ・フォン・オステルマン師団長のもう一つの人格――シュルヴィが目覚めた。彼女こそがゲルマニアでも最強の魔女と目される人である。
「あ、相手は1人だ! 一斉にかかれ!」
「「おう!!」」
シュルヴィに向かって十数人の兵士が息を合わせて斬り込んだ。
「つまらねえ奴らだ」
しかし、次の瞬間には半分が魔導装甲を砕かれていた。シュルヴィはその間隙へと退避し、即座に小銃の役室を交換すると、息つく暇もなく弾丸をぶち込んだ。
「こ、の……」
「ご愁傷様。雑魚どもが」
シュルヴィは圧倒的に強かった。もしもゲルマニア兵が皆彼女のように強かったら、ヴェステンラント合州国など一瞬で滅亡していただろう。
だが現実は全く真逆だ。シュルヴィがヴェステンラント兵にしてやったような殺戮を、殆どのヴェステンラント兵がゲルマニア兵に対して行っていた。
○
「これでは突破など不可能だ……」
辛うじて生き残っていたヴェッセル幕僚長は呟いた。
戦場は地獄のようだった。防衛線の突破などという目的はとうに忘れ去られ、各々がただ生き残ることに必死になっている。この状況を見せられれば誰でも、ヴェステンラント軍の攻勢を必死で受け止めるゲルマニア軍の姿を見るだろう。
作戦の失敗は明白だった。生きて帰れたら御の字。それ以上のことは今は考えるべきではない。
「閣下! 聞こえますか! 閣下!」
通信機に呼びかける。だがオステルマン師団長からの通信はない。
――暴走しているのか……
シュルヴィの方はあまり頭がよくない。すぐに戦いにのめり込んで回りが見えなくなってしまう。
「どうする……」
彼は頭を抱えていた。師団が全滅の被害を受けているこの状況で師団長が不在というのは絶望的だ。このままでは本当に兵士の一人も残さず殲滅されるだろう。
「幕僚長! 下がって下さい!」
幕僚長の下にも敵が迫って来ていた。彼を守るべく、数十の兵士が人間の壁を作った。
「――すまない」
「幕僚長殿はこれからも生きていかねばならないお方ですよ」
「…………」
魔導兵に対して彼らは果敢に突撃した。だが彼らの剣に敵う筈もなく、草刈りでもするように命は散らされていった。
――どうしてこんな組織的な行動が……
ヴェッセル幕僚長は友軍が死んでいく様に違和感を抱いた。
敵が余りにも組織的に行動しているのだ。ヴェステンラント兵は隊列を組み、端から確実に第18師団を滅ぼしている。とても指揮系統が破壊されたとは思えなかった。
――であれば、シグルズは罠に嵌ったということか。
シグルズが潰したと思っていた敵の本陣すら囮だったということだ。敵はどこか別の場所に指揮機能を移していたのだろう。
「いや、違う」
更に違和感。敵の指揮系統が完璧に機能しているとしたら、より大規模な兵の移動がある筈だ。余裕のある区画から増援を送ることも出来るだろう。
だがそのような動きは確認出来ていない。敵はあくまでその場で対処している。担当区画の中では組織的だが、より俯瞰してみればバラバラに行動している。それが指し示すものを、ヴェッセル幕僚長はすぐに見出した。
「そうか! 敵は最初から本陣など設けていなかったんだ」
「ん、な、何ですか?」
「敵は部隊の指揮権を現場の将官に一任したんだ。だから、そもそも突撃歩兵が叩くべき目標なんて存在しなかった」
ヴェステンラント軍は多くの貴族の私兵の寄せ集めである。それは指揮系統の混乱を容易に招くが、同時にそれぞれの部隊を独立して行動させやすいということも意味している。
それを弱点としか見ていなかったゲルマニア軍は愚かだった。その前時代的な体制によって、ゲルマニア軍は全滅の危機に瀕しているのだ。
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