塹壕奪回

 結論から言うと、オーレンドルフ幕僚長の見立ては正しかった。逃げ出した者もそこそこいたというのに一向に増援が来ない。これは指揮系統に甚大な問題が生じているということだ。


『こちら第四班、敵の高級将校を殺害!』『こちら第五班、敵の武器庫を発見、爆破!』

「いい調子だ」


 シグルズがいなくとも第88師団は動ける。ヴェステンラント軍の塹壕の背後で、思いつく限りの破壊行動を成功させつつあった。


「どうする、師団長殿? 長居も危険だと思うが」

「ああ。そうだな」


 指揮系統が崩れたとは言え、あまりもたもたしていると、他の部分を担当する部隊が増援に来るかもしれない。


「これより主力部隊の総攻撃を要請する。ヴェロニカ、頼んだよ」

「は、はい!」

「それと、突撃歩兵は速やかに撤退だ。味方と可能な限り早く合流せよ」

「了解した」


 下準備は済んだ。突撃歩兵は一斉に味方の方へと下がり始める。


「シグルズ様、ザイス=インクヴァルト司令官より、直ちに総攻撃を行うとのことです!」

「よし。撤退しつつ、可能ならば援護も行え。この一撃で塹壕を落としきる」


 低地地方の奪回の為に用意された20個師団、およそ30万の兵士が一斉に突撃を開始した。


 ○


「よし! 命令が下った! 我々はこれより、ヴェステンラント軍の塹壕を正面から、正々堂々と突破する!!」


 ジークリンデ・フォン・オステルマン師団長は、第18師団の全員に命令を下した。


「突っ込め!!」

「「「おう!!」」」


 敵はおよそ3,000の塹壕に籠る魔導兵。


 彼女が自ら先頭に立って、師団のおよそ15,000人が矢の飛び交う戦場へと走り出した。しかし彼らに有効な防具はなく、武器も連射の遅い普通の小銃のみ。まさに突撃である。


「閣下! もう少しお下がりください!!」


 ハインリヒ・ヴェッセル幕僚長は、迷いなく敵の火線に突っ込む彼女を呼び止めようとした。


「味方を盾にしろっていうのか!?」

「そ、そんなことは……」


 ヴェッセル幕僚長にとってそれは図星だった。


 この状況で唯一有力な防御手段は味方の兵士くらいなものである。いくら魔導弩とて3人も並んでいれば貫通は出来ない。師団ともあればそのくらいの人間の壁を作ることは可能だ。


「私はそんなせこいことはしないさ! さあ諸君、地獄への道をまっしぐらだ!」

「「「おう!!!」」」

「やれやれ……」


 ヴェッセル幕僚長は説得を諦めた。こうなった彼女はもう止まらない。


 だが彼女の後ろにいた筈の兵士は次々と矢に貫かれて倒れていく。


「クソッ! ついてこられる者だけついてこい!!」

「負傷者は置いていけ! 今は突破を優先するんだ!」


 第18師団は――ここだけに限らずだが――文字通り正々堂々と戦っている。脆弱部や間隙を突くのではなく、敵の担当区画のど真ん中に突撃している。


 当然ながら敵の防備は整っており、組織的な反撃を受けていた。


 ――だが、行ける……!


 ヴェッセル幕僚長は勝てると判断した。敵の火力は明らかに足りていない。第18師団の勢いを止めるには余りにも不十分。


「突入せよ!」

「「おう!!」」


 魔導弩の一撃を躱し、オステルマン師団長は塹壕の中に飛び込んだ。


「そして、これでも食らえ!」

「う、撃つんじゃないのか!?」


 塹壕の中で小銃は無力だ。そこで塹壕突破兵器として小銃の先に銃剣が取り付けられている。それを振るって師団長はヴェステンラント兵に襲い掛かったのだ。


「このっ!」


 兵士は弩で銃剣を受け止めた。銃剣は所詮ただの鋼鉄で、魔導剣のような破壊力はない。剣などでなくとも容易く受け止められるのだ。


「そうくるなら!」


 オステルマン師団長は弩に銃剣をひっかけた。そして小銃を思いっきり振り上げ、弩を投げ飛ばした。


「何! だったらこれで!」


 兵士は次に剣を抜こうとした。


「遅い!」


 が、その時には既に、彼は首に刃を突き立てられていた。オステルマン師団長は剣を伝う血にニヤリと笑った。


「う……」


 血を吐きながら彼は倒れ、二度と起き上がることはなかった。


「魔導装甲とは言え、鎧は鎧だな……」

「ええ。そのようですね」

「お、ハインリヒ、生きてたか」

「はい。しかし、鎧の隙間を突けば白兵戦でも勝てるというのは、最初は疑いましたが、本当なのですね」


 全身を一切の隙なく装甲で覆うことは不可能だ。首や肘や膝などの関節を覆ってしまえば動けなくなるから、どうしても防護することは出来ない。そこを狙えば普通の刃物でも魔導装甲を破ることは可能なのだ。


「もっとも、数の暴力で押しつぶしている感はありますが……」

「そうするしかないだろう」


 師団長が上手くやれたのは、敵が魔導剣を抜く前に殺せたからだ。小銃くらいなら簡単に両断出来る魔導剣を出されれば苦戦は免れない。一対一なら正直勝ち目はないだろう。


 そこでゲルマニア軍は数の力を使う。一対一では無敵でも、前後左右から同時に攻撃されれば捌ききれないだろう。


 魔導兵1人を殺すのに4, 5人のゲルマニア兵が殺されようと構わない。それがザイス=インクヴァルト司令官の方針である。


「閣下、付近をあらかた制圧しました」

「よくやった。で、損害は?」

「味方の死者がおよそ3,000。敵の撃破は800ほど。残りは逃げられました」

「損耗率では同じくらいか……このまま奥へ突き進むぞ!」

「はっ」


 このような激戦が、塹壕線のあらゆる場所で繰り広げられていた。

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