浸透戦術Ⅱ

「塹壕に乗り込め! 敵を殲滅しろ!」


 犠牲を顧みずに突撃を敢行したゲルマニア兵は、ついにヴェステンラント軍の塹壕に到達した。


 兵士は次々と降り立ち、狭い塹壕の中で機関短銃を乱射していく。ヴェステンラント軍の魔導弩は狭い場所での取り回しが悪く、多数の敵と同時に戦う手段は剣しかない。


 だが、当然のことだが機関短銃の射程は剣より長く、このちょうどいい距離ならば実質的にゲルマニア軍の独壇場である。魔導兵は次々と撃破されていった。


「シグルズ様、敵の小部隊が北から接近中です! 数はおよそ200!」


 ヴェロニカの魔導探知機が新たな敵影を捉えた。


「いい対応だな……」


 即座に状況を把握し援軍を送れている。少なくとも右側を仕切っている将軍はそれなりに有能な人間のようだ。


「500の兵で迎撃に当たる。用意を!」

「りょ、了解しました!」


 敵は塹壕を通って接近して来ているようだ。ゲルマニア軍の主力は未だに銃撃を続けており、外を歩くのは危険だと判断したからだろう。だがその判断はあまりよいものではない。


 シグルズの抽出した兵力は3列に並んで塹壕をところせましと埋め尽くしている。


「シグルズ様、来ます! 次の曲がり角です!」

「覚悟しろ! ゲルマニア人ども!」


 姿を隠しながらヴェステンラント兵が叫んだ。そういうのは堂々と敵の目の前でするような気がするが。


「「「おう!!!」」」


 白い鎧で全身を固めた魔導兵が片手に突っ込んできた。シグルズたちが視界に入るや弩を放ち、後は剣を持って疾走する。最初の一撃で少々の損害が出たが、気にするほどではない。


「撃ち方始め!」


 その姿が見えた瞬間、突撃歩兵は機関短銃の引き金を引いた。


 たちまち塹壕の中を硝煙が満たした。狭い塹壕に安全な場所などはなく、逃げ場のないヴェステンラント兵は最前列から次々と倒れていく。だがその死体を踏み越えて次の兵士が押し寄せてきた。


 しかし機関短銃の装弾数はそう多くない。すぐに装填する必要がある。


「弾切れだ!」

「よし、代われ!」


 そこで既に機関短銃を装填済みの兵士が次々と前に繰り出して、絶え間ない銃撃を続ける。シグルズの考えた工夫だ。


 敵の数は多いとは言え、その全員が一斉にかかってくる訳ではない。必要なのは瞬間火力ではなく持続的な火力だ。


 死体は次々と折り重なり、小さな山を作る。


「おのれっ! よくも! 我が臣の仇、取らせてもらうぞ!」


 高位の将軍らしい立派な格好をした魔導兵が突っ込んできた。見た目は強そうではある。


「出てきてくれて助かるよ」

「ぐああ――」


 シグルズは躊躇なく弾丸をぶち込んだ。将軍の戦闘能力は大したことなく、あっという間に鎧を砕かれて死んだ。これで敵の増援200は皆殺しに出来た訳である。


「損害は?」

「およそ100です」


 敵の方が損害が倍。非常によい戦果である。


「そうか……。いや、このまま奥へ進むぞ! 目指すは敵の頭だ!」


 更なる援軍が現れればこの程度の兵力ではどうにもならないだろう。その前に為すべきことがある。


 ○


「分っかりやすいな……」

「そう、だな」


 暫く走ると、明らかに貴族が中に入っているような、金銀の装飾が施された天幕に辿り着いた。あまりにも分かりやす過ぎて、寧ろ罠かと疑うくらいである。


「ヴェロニカ、中の反応は?」

「魔導兵が40人ほど。それなりの数がいます」

「本物ならば護衛ということになるけど……」

「難しいところだな」


 これが罠だったとすると、魔導兵は臨戦態勢を整えていて、こちらが突入した瞬間に多種多様な魔法で攻撃してくるだろう。そうなれば恐らくは負ける。シグルズが自分の魔法を使えばまた別だが、しかしそうはしたくない。


「うん? いや、そんなことをする必要ないじゃないか」

「……どういうことだ?」

「いや、だって、この天幕の外から撃てばいい。何も中に突入する必要なんてないじゃないか」


 これは近代的なトーチカなどではない。ただの薄い布だ。わざわざ中に突入する必要はない。


「そうと決まれば、早速やろうか」

「了解した、師団長殿」


 天幕を500人ばかりの兵士が世闇に紛れて静かに取り囲んだ。正面には見張がいたからそこだけは避けている。


「よし。今だ!」

「「おう!!」」


 ゲルマニア兵が一斉に天幕に向かって走り出した。


「な、何だ!?」


 見張の兵士はすぐさま気が付いた。だが時既に遅く、数十の銃口に捉えられた彼らは一瞬にして殺された。


「全軍、撃て!」


 そして突撃歩兵は天幕の八方から弾丸を撃ちこんだ。機関短銃の射程は短く、味方に当たる心配はない。天幕はたちまち穴だらけになり、やがて崩落した。


 赤く染まった布の下には死体や机や椅子などが破壊されて散乱している。


「さて、当たりかな……」


 敵は完全に殲滅されたと判断したシグルズは天幕の残骸の中に入った。ここが当たりだったのか、或いは罠を完封したのか確かめる為である。


「とは言え、貴族の服とか分かんないけど……」


 シグルズにそっち方面の学はない。豪華な服を着ていたら高級将校だろう、というくらいの認識でいた。


「師団長殿、見つけたぞ」


 総動員で死体を漁っていたところ、オーレンドルフ幕僚長はシグルズを呼び止めた。


「何をだ?」


 見ると幕僚長は一つの死体を指さしていた。豪華な服を着ているというのだけは分かる。


「これは伯爵だな。なかなかいい手柄を挙げられたではないか」


 伯爵ともなるとヴェステンラントでもそう多くはない。手柄であることは間違いなさそうだ。


「そ、そうなのか」

「ああ」


 その見立てが正確なのかは分からないが、シグルズはオーレンドルフ幕僚長を信じることにした。つまり浸透戦術の第一段階は成功したということである。

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