浸透戦術

 ACU2310 4/24 アルル王国 新設第一防衛線


「これは……敵も学習しているようだな……」

「ああ。そのようだな」


 シグルズとオーレンドルフ幕僚長は望遠鏡でヴェステンラント軍の塹壕線を観察していた。


「どういうことです? 魔導反応は大した数ではないですが……」


 ヴェロニカも同じく望遠鏡を覗いていたが、2人が何を言っているのかは分からなかった。少なくとも数字の上では、特別に防衛線が強化されているということはない。


「つまりは、ヴェステンラント軍は死角を出来るだけなくすように配置されているんだ。突撃歩兵が浸透出来る隙をなくす為にね」


 ヴェステンラント軍の絶対数は少ない。それ故に防衛線には隙が出来ていた。そのような死角に突撃歩兵を侵入させて敵を攪乱するというのが浸透戦術の基本である。


 だが敵は早くもそれを理解して、防衛線をくまなく監視出来るように兵士を配置して来ている。これでは突撃歩兵が忍び寄ることは出来ない。


「しかし、どうするのだ、師団長殿? 敵にはそれなりに幾何学の知識を持った人間がいるようだが」

「確かに、ヴェステンラントの数学力も侮れないな」


 見たところ配置はかなり合理的だ。少ない兵士を死角を補い合うように配置している。


「取り敢えずは陽動から始めようか。他の部隊に正面から攻撃をしかけてもらって、僕たちが馬鹿正直に正面突破を狙っていると敵に思い込ませる。そして油断しているところを突破だ」

「つまりは、東部方面軍に攻撃を要請するということか?」

「そういうことだ。ザイス=インクヴァルト司令官なら分かってくれるだろう」


 シグルズは早速ザイス=インクヴァルト司令官に通信をかけ、すぐに承諾を得た。ザイス=インクヴァルト司令官の命令で、東部方面軍の10個師団ばかりがヴェステンラント軍の防衛線への攻撃を始めた。


 ○


 ゲルマニア軍は新たにヴェステンラント軍の塹壕線と平行になるような塹壕線を掘っている。両者の距離は小銃弾が届くくらいの至近距離である。


 両軍は塹壕から頭だけを出し、魔導弩と小銃による泥沼の銃撃戦を繰り広げていた。矢を食らえば一撃で死ぬゲルマニア兵と違い、ヴェステンラント軍の死者はほとんどいないようなものだった。


 だが、ゲルマニア側の攻勢が塹壕線の突破を目的としたものではないことは、両軍ともに理解していた。


「クロエ様、ゲルマニア軍の通信を傍受し、敵の行動が陽動であることは既に判明しています。これ以上戦って兵に損害を出し、物資を消耗する必要はないのではありませんか?」


 マキナは珍しく自らクロエに提案した。ゲルマニア軍の意図が浸透戦術に向けての陽動であることは、彼女が既に傍受していた。


「いいえ、マキナ。ゲルマニアに私たちが陽動だと気付いていること、ひいては通信を傍受していることは、決して知られてはなりません。ここはやはり、本気で戦ってもらうべきでしょう」

「それを兵に伝えないのですか?」

「兵に伝えてしまえばボロが出ます。この情報は一部の者だけに知らせておくべきでしょうね」

「承知しました」


 現場の兵士にはあくまでゲルマニア軍の攻勢を防ぐように命じてある。ゲルマニア軍が本気で攻めてくる気なのだと伝えてあるのだ。


「今回の我が軍の防衛線に隙間はありません。今日の夜が楽しみですね」

「はい」


 クロエはこの防衛線に自信を持っていた。


 ○


「敵は陽動に乗ってくれたようだな」

「ああ。いい感じだ」


 シグルズはクロエの策略にまんまと嵌められていた。前線の兵士の様子から、ヴェステンラント軍が陽動だと気付いていないと判断したのである。


「しかし、今なお敵の防衛線には隙が見えない。敵が陽動に引っ掛かっているとしても、どうするんだ?」

「それはもう考えてある。僕の指示に従ってくれ」

「そう、か。分かった」


 東部方面軍による陽動が始まって48時間以上が経過。3日目の夜になった。シグルズはついに作戦を開始することに決めた。


「敵の配置はほぼ把握した。各隊にはこれより、事前に指示した経路で突撃をしかけてもらいたい。健闘を期待する!」


 だがそれは、これまでのようにすんなりといく類のものではなかった。


 ○


「突撃! 進め!!」

「「「おう!!!」」」


 ヴェステンラント軍からの射撃や砲撃は絶えない。それをかいくぐり、シグルズが直接率いる1000人ばかりの部隊は死に物狂いで走っていた。


「走れ! 距離を詰めればこっちのものだ!」


 当然、ヴェステンラント軍からの攻撃に対してはほとんど無防備である。弩で何人かがまとめて貫かれ、砲撃で何人かが燃え上がり、次々と兵士は脱落していく。


 それは一見自殺のようにも見える攻撃だった。だが、攻撃を受けているとは言え、部隊は形を保っていた。


「まさか、敵部隊の担当区画の間を突くとはな」

「まあ、これしかないからな」


 これまでのようにヴェステンラント軍の完全な死角から浸透するというのは不可能だ。死角が一切存在しないからである。


 だが強い部分と弱い部分は確実に存在する。その最たるところは、貴族同士の担当区画の境目である。右と左で兵士が違う指揮系統に入っている。これは明らかな脆弱部だ。

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