装甲列車

「いやー、装甲列車の完成が間に合って、実によかったです」


 歩くたびにじゃらじゃらと金属音がする謎の老兵、ナウマン医長は何故か機関士をやっていた。話しながらせっせと窯に石炭を投げ入れている。


「いや、その、君は医者じゃなかったっけ?」


 シグルズは彼に尋ねた。元は第88師団の医長として雇っている筈なのだが、何故にこんなことをしているのかと。


「はて? 私は医者ですが」

「じゃあどうして機関士をしているんだ?」

「機関車の運転くらいは出来ますとも」

「くらいっていう感じのものじゃないと思うけど……」


 そんな簡単に機関車を走らせられるのだったら機関士は皆とっくに廃業している。特殊な技能が必要だからこそ、機関士という職業が成り立っている訳なのだから。


「それに、この列車は並みの列車じゃない訳だが」

「確かに、いつもよりは骨が折れます」

「それだけなのか……」


 彼の機関車は現在、普通の客車と比べれば格段に重い装甲列車を牽引している。加えてこの機関車自体も装甲に覆われて普通のものより重い。


 そんなものを平然と操れるナウマン医長の腕は、一体どこで身に着けたのだろうか。


『シグルズ、敵が見えてきたよー』


 魔導通信機から聞こえる間の抜けた眠そうな声。戦闘車両を指揮しているライラ所長のものである。前線になど立たなさそうな彼女だが、自分の新兵器の実験は付きっきりでやらないと気が済まないらしい。


 現在は装甲列車を3編成用意し、先頭列車をライラ所長が、真ん中の列車をシグルズが、そして最後尾の列車をクリスティーナ所長が指揮している。クリスティーナ所長も結局、自分が造ったものの出来を自分で確かめたいらしい。


『じゃあ、砲撃開始するよ。いい?』

「はい。お願いします。こちらも始めます」


 まずは列車の天井に備え付けられている大砲で牽制する。


 ○


「ノエル様、砲撃です!」

「チッ。全軍、対砲弾防御!」


 ノエルの騎馬隊は停止し、各々が小規模な盾を頭上に生成する。これには魔法の全力を防御に注ぐ必要があった。


「衝撃に備え!」


 砲弾が次々と壁にぶつかり、壁に沿って地面に落下していくが、すぐさま爆発を起こす。爆風が騎馬隊を襲った。


「クソッ。魔導装甲は風には無力か……」

「正確には風、ではないのですが……」

「どうだっていいだろ、今は」


 爆発による急激な気圧の変化。それは魔導装甲を身に着けていようと関係なく人間を襲う。魔導装甲に体が打ち付けられ、ノエルは何か所かを打撲した。しかし、その程度で行動に支障はない。


 砲撃はそう問題ではないが、それよりも問題なのは迫りくる列車である。


「敵の列車が接近しています!」

「クッ。動けないからな……」


 砲撃が止むことはなく、ヴェステンラント軍が逃げることは叶わなくなっていた。


「迎え撃つぞ! 弩の用意!」

「はいっ!」


 防御は高位の魔女に任せ、魔導兵は一斉に弩を構えた。だが、ノエルが発砲を命じようとした瞬間、列車の方から先に銃弾が飛んできた。


「ノエル様、敵は機関銃を装備しています!」


 銃声は明らかに機関銃からのもの。絶え間なく飛来する銃弾は、瞬く間に魔導兵を刈り取っていく。


「クソッ。撃ち返せ!」

「「「おう!!!」」」


 ノエルは必死に反撃を命じた。矢と銃弾の応酬。ヴェステンラント軍は巨大な目標に無数の矢を撃ちこんだ。


「効いてねえか……」


 しかし魔法で加速された矢は装甲を貫くには至らなかった。力を失った矢が線路沿いに散乱し、列車が止まる気配はない。


「ノエル様! このままでは大損害です!」

「分かってる! 全軍、対弾防御急げ!」


 魔女は前線の魔導兵を守るように壁を作る。魔導兵はその隙間から矢を放つ。簡易的な陣地、城壁を作るのである。


 もっとも、これでますます動けなくなるが。


「敵接近! 距離300パッスス!」


 列車の姿がはっきり見えてきた。列車は全面が鋼鉄の装甲に覆われ、普通なら窓に当たるところから、片面だけでも20に迫る機関銃の銃口が顔を出している。それらが一斉に火を噴き、ノエルの部隊に銃弾を叩きこんでいた。


「敵は減速しています!」

「やりあおうってことか……防御を固めろ!」


 接近すると装甲列車は減速し、やがて騎馬隊の横で停止した。3編成の装甲列車が、騎馬隊の全体を完全に射角に収めたのである。


 更に窓が開いて小銃が顔を出した。絶え間ない砲火がノエルを襲う。銃声で耳がおかしくなりそうだった。


「陣形を整えろ! 応戦だ!」


 騎馬隊は横に並んで、魔法で作った長い壁の後ろに隠れた。そこから僅かに顔を出し、必死に矢を撃ちかける。だが、どんなに接近しようと装甲が貫かれることはなかった。


 その様子はこれまでのヴェステンラントとゲルマニアの関係を真逆にしたようであった。無敵の装甲と絶対の火力。装甲列車はそれを備えていたのである。


 ○


 かんかんと矢が弾かれる音を聞きながら、シグルズはゆったりとくつろいでいた。ここまで一方的な虐殺が出来るとはシグルズも思っておらず、かなり調子に乗っていたのである。


「――ですけど、シグルズ様、敵も守りを固めたみたいですが……」


 ヴェロニカは不安そうに。実際、全力で守りを固めたヴェステンラント兵には機関銃も効果はいまいちであった。


「こういう時は時間をかけて敵を疲弊させるのがいいだろう。消耗戦とはなってしまうが」


 オーレンドルフ幕僚長は言った。


「そうだな。ゆっくり慌てずにいこう」


 こちらは何もしなくても装甲が守ってくれるが、魔法の場合は常に壁を修復し続けないといけない。故に、いずれ必ず隙が出来る。シグルズはその時まで持久戦をすることを決めた。

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