ヴェステンラント軍の動向
ACU2310 3/29 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 ホノファー
「クロエ様、敵の足止めは殲滅しました」
「ええ。そのようですね」
足元に転がるゲルマニア兵の死体をその赤い瞳で眺めながら、クロエは報告に応じた。
「まったく、たったのこれだけの数で我が軍に挑もうとは、愚かなことです」
「はい。ゲルマニアの奴らも、防衛線を奇襲で落として調子に乗っていたのでしょう!」
白の騎士、スカーレット隊長はあざ笑うように言った。
クロエが直々に率いる軍団はおよそ12,000。そのうちの騎兵をスカーレット隊長に率いさせて先行させ、愚かにも平地での会戦を挑んできた敵を殲滅させたのである。
「まあ、その可能性もなくはないですが……」
確かに、ヴェステンラント軍が防御する陣地を突破されるというのは殆ど初めてのことだ。ヴェステンラント軍からしても衝撃的な出来事ではあった。
「何か、懸念がおありなのですか?」
「ええ、まあ。まずゲルマニア軍がそう簡単に冷静さを欠くのか。それにホノファーの一部の兵力だけで足止めを図ろうとするのにも違和感があります」
「それは……確かに」
確かに、本気で足止めをしたいのならばホノファーに駐屯する全軍を差し向けるべきである。今もホノファーには多くの師団が籠城している。
「マキナ、ゲルマニア軍の通信に気になる点は?」
「いいえ、クロエ様。ホノファーからは帝都ブルグンテンとの間しか通信がなされていません。内容も、特筆すべきものは何も」
「そうですか……」
クロエにしてみればこの行動は不可解でしかなかった。だが、だからと言って何かが出来る訳でもなく、通常通りに作戦を進めるしかなかった。
「ホノファーに残る敵の兵力は?」
「6個師団。およそ90,000です」
「これが後ろから出てくると厄介ですね。やはりホノファーには押さえの兵を残しておくべきでしょう。数は追加で3,000ほど。残りの9,000でノエルの救援に向かいます。用意を」
クロエの目的はあくまでノエルの救援である。ブルグンテンでのノエルの惨状を見て、ブルグンテンを落とすという案は退けられていた。
クロエ率いる9,000の軍団は、東へと進み始めた。
○
一方その頃、当のノエルはいよいよ食糧難に悩まされていた。どうも国境まで逃げる分すらもちそうにない。
「ど、どうしましょうか……?」
「どうしよっかなあ……」
何も考えていない風を装って、ノエルには考えがあった。いや、それは恐らく、大抵の者が思いついていることだろう。
「ま、略奪するしかないかな」
「……」
特に反論もなかった。こちらから紳士的に取引を持ち掛けているのに応じない。ならば略奪をされても文句はあるまい。
「本当に、略奪などをしてしまうのですか……?」
「じゃあ他に何かいい案でも?」
「それは……」
誰も何も言えず、ノエルは略奪を行うことを決定した。
○
3,000の魔導兵が村々を回り、手当たり次第に家の戸を壊し、住民に暴行し、食糧を略奪していく。侵略者という言葉がこれほど似合う状況もなかなかないかもしれない。
「ノエル様、民衆の側に数名の死者が出ています」
「チッ。素直に譲ればいいのに……」
何が何でも抵抗をしてくるのなら最悪殺しても構わない。そう命じたのはノエルであるが、こうもぽんぽん死なれると気が重くなってくる。
やはり、敵を殺すのと民間人を殺すのでは、同じ殺しでも感覚が全く違うものである。
最終的に略奪は半日ほどで完了した。そうして向こう2週間分程度の食糧をノエルは調達することが出来たのである。
「じゃ、出発しようか。向かうはルシタニアとの国境線。とっととずらかるぞ」
当初より随分と数の減ってしまった騎馬隊は、線路と並行するゲルマニアの大街道を通って西を目指した。クロエも応援に駆けつけており、合流出来れば何とかなるだろう。
○
ACU2310 4/1 帝都ブルグンテン 総統官邸
「ヴェステンラント軍はついに略奪を働いたそうだな……」
ヒンケル総統は悲痛な面持ちで。臣民が傷つけられ殺されたことを、ヒンケル総統は深く悲しんでいた。
「はい。しかし、これで民衆はヴェステンラント軍こそ悪であると認識することでしょう。ゲルマニアに限らず、ルシタニアやガラティアにおいても」
ザイス=インクヴァルト司令官は悲しんでなどいなかった。寧ろ合州国の悪逆非道なのを喧伝するいい機会だとすら捉えていたのである。
「ザイス=インクヴァルト司令官、君には人の心がないのかね?」
「総統閣下は優し過ぎるのです。戦争をしているのですから、多少の犠牲はやむを得ません。例えそれが一般人であろうとも」
「それはそうかもしれないが……」
「まあ、いずれにせよ、総統閣下に苦痛を与えた蛮族どもは、ほどなくして殲滅されるでしょうが」
「本当だろうな? 失敗は許さんぞ」
その総統の言葉は怒りに満ちていた。下手をしでかせば即刻銃殺されそうな勢いである。
「無論、ご心配なく」
○
街道を進むノエルの騎馬隊。
その時、背後から何やら騒音が聞こえてきた。
「ん? 何だ?」
「この音は……機関車の音です!」
やがて視界に入った、白い蒸気を吹かす黒い箱。地上の人と比べれば圧倒的な威容を誇り、見る人にことごとく恐怖を与えるそれが、ノエルたちを追いすがってきていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます