装甲列車Ⅱ

 それは野戦というより攻城戦であった。装甲列車は城壁であり、ヴェステンラント軍は攻め手である。線路がある限りは自由に移動出来る城。それはヴェステンラントにとって、いや誰にとっても初めての存在である。


 戦列歩兵が撃ち合うような距離を保ちながら、両者は交戦を続ける。そのうちヴェステンラント軍の陣形は完成し、殆ど犠牲が出なくなってきた。


「兵を入れ替えている……隙は見当たらないな」


 ヴェステンラント軍は3隊ばかりに魔女を分け、交代で防壁を作らせていた。唯一隙が出来ると思われた入れ替わりも完璧で、一切の隙を見せてはくれなかった。


「敵は思っていたより巧みな戦術を使うようだな」

「そうだな。頭悪そうって思ってたけど」

「殺し合いだけは得意、ということか」


 シグルズとオーレンドルフ幕僚長がなかなか酷いことを言い合っているのは、目の前の騎馬隊を率いるノエルについてである。


 彼女と一度向かい合ったシグルズは彼女のことを、一言で言えば馬鹿だと思っていた訳だが。実際に部隊を率いているのを見るとそんなことはなく、寧ろ名将と言ってもいい采配を振っていた。


「師団長殿、意外と弾薬が減ってきたが、どうする?」


 機関銃を大量に積んで馬鹿みたいな勢いで弾薬を消費している。いくら列車に大量に積んであるとはいえ、既に持ってきた弾薬の20パーセントばかりを使ってしまっていた。


「……機関銃を半分に減らそう。長期戦に備えて」

「了解した」


 常に銃声を聞かせ続けるとうのは重要だ。敵に精神的な重圧を与え、判断を鈍らせることが出来る。実際にどれだけの脅威があるのかは、そう重要ではない。


 ○


 それから十数分。ついにヴェステンラント軍が動き出す。


「シグルズ様、敵の魔女に動きが見られます。先頭に集まっているようです」


 ヴェロニカは魔導探知機を見ながら。銃撃の勢いを緩めたことで、敵の魔女には余裕が生じていた。


「何をする気だ?」

「師団長殿、もしかすると、前進する気かもしれないぞ」

「――確かに」


 壁を作りながら全体を移動させるという荒業をやってのける気かもしれない。そのまま何とかして離脱するつもりか。とは言え、だからどうしたという話だ。


「ライラ所長、出発の用意をお願いします」

『うん。いつでも準備万端だよー』

「了解です。合図したら進んで下さい」


 装甲列車は動かない城ではない。軍馬をも超える速度で地を走り回る列車だ。逃げるのならば追いかければいいのである。


「シグルズ様、敵の全体が動き出しました!」

「予想通りだな」


 魔導弩の牽制射撃は続けつつ、ヴェステンラント軍全体が横方向に動き出した。まるで動く城壁に合わせて行進しているようである。睨みあった城と城。動けるのはどちらも同じ。


「ライラ所長、今です」

『了解』


 先頭のライラ所長の機関車がゆっくりと動き出した。わざとらしく汽笛を上げ、ヴェステンラント軍を挑発までしている。自分の発明に余程の自信があるのだろう。


 先頭車両から少しだけ遅れ、後続の2両も車輪を回し始めた。圧倒的な質量が前進を始める。


 と、その時だった。


「な、何だ?」


 突如として、金槌を打ち付けた音を何倍にも増幅したような金属音が響いた。それは前方からである。


「制動!」


 間髪空けずにナウマン医長が叫ぶと、列車は急停止した。速度はまだ遅く、小物が床に落ちるくらいの損害で済んだ。3両の装甲列車は一度に足止めを食らってしまった訳である。


「ど、どうしたんだ?」

「前方の車両が脱線したようです。師団長殿は、お怪我はありませんか?」

「あ、ああ。僕は無事だし、他も被害はない。しかし、何があったんだ?」

「それは私にも分かりかねます」

「それも、そうか」


 シグルズはすぐさまライラ所長に通信を繋いだ。


「何があったんですか?」

『うーん、線路が曲がってたんだよね』

「線路が、曲がる?」


 鋼鉄の線路だ。そう簡単に曲がる筈がない。だがライラ所長が原因を読み違うとも考えにくい。となると――


「まさか、赤の魔女にしてやられたか……」


 火を操る魔女の炎ならば、鉄をも溶かす高温を生み出せるかもしれない。


『うーん、そうかもね。でも、それより、敵が逃げちゃうよ?』

「それはマズいですね……」


 ヴェステンラント軍は明らかにこれを狙っていた。機関銃の射線から逃れたヴェステンラント兵は一目散に西へと逃げ去ろうとしている。シグルズにそれを追う手段はなかった。


「これは、線路を分けておけばよかったな……」


 ゲルマニアの大動脈だ。単線である訳がない。別々の線路に装甲列車を配置していたら、少なくとも1両は敵を追えたというのに。


「師団長殿、後退して違う線路に入ればいいのではないか?」

「それは無理だ。蒸気機関車に後退は出来ない」


 少なくともこの時代の技術水準では。


『シグルズ、何やってるの?』

「え?」


 魔導通信機から、ライラ所長の不機嫌そうな声。いつも何事にも無関心そうな彼女には珍しい。


『早く線路直そうよ』

「そ、そんなことは不可能では……いや」


 この世界には魔法がある。線路の修理もこの場で行えなくもないのかもしれない。


 シグルズは急いで脱線の現場に向かった。

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