ブルグンテン市街戦

「それでは総統閣下、彼らがどう足掻くか、ここからゆっくりと観戦することにしましょう」


 ザイス=インクヴァルト司令官は煙草を吹かした。実に悪魔的な行動と言動である。


「まったく、君といいカルテンブルンナーといい、能力と性格の善良さは反比例するのか?」

「さあ。しかし、確かに私の主観でも、優秀な人間ほど頭がおかしくなる傾向があるかと。総統のように有能さと高潔な人格を兼ね備えた人間は実に珍しい」

「――私のことはともかく、自分のことだと分かっているのか……」

「ええ。自覚はありますとも」


 ザイス=インクヴァルト司令官は当然のことのように。性格がねじ曲がっているのは自覚があるらしい。それだけでヒンケル総統は少し安心した。


「さて、ここから直接見ることは出来ませんが、まあ伝令でも待っていましょ――」

「閣下!」

「おや、何という間のよさ」


 会議室に伝令が飛び込んできた。だが、いい報告を持ってきたという訳ではないようだ。


「どうした?」

「ヴェステンラント軍は城門から入ってきました!」

「…………」


 何と、空城の計は完全に無視されたらしい。


「ど、ど、どうやら敵の知性は私が思っていたより低かったようです」


 ザイス=インクヴァルト司令官は珍しく動揺していた。敵の城の城門が開け放たれていて、普通そこに突っ込むのかと。


「これはまずいのではないかね?」

「えー、確かに想定外ではありました」


 ザイス=インクヴァルト司令官の調子は数秒で回復した。いつもの達観した様子に戻って冷静に状況を分析する。


「しかしながら、そもそもブルグンテンの城壁や城門は戦闘に適したものではありません。正面から迎え撃ったとて、数時間しかもたなかったでしょう」

「つまりは問題はないと?」

「はい。敵が強攻を選択したのならば、どの道ブルグンテンには入られていたでしょうから」

「分かった。では後の対応はどうするのだ?」

「それは親衛隊に任せます。よろしいかな、カルテンブルンナー全国指導者?」

「はい。全てこの親衛隊にお任せ下さい」


 実際、市内の構造を最も知り尽くしているのは親衛隊である。その理由はあえて言うまい。


「それでは、私はこれにて失礼させて頂きます」


 カルテンブルンナーは貴族らしく恭しく礼をして去った。


「まあ、お手並み拝見といきましょう」


 ザイス=インクヴァルト司令官は親衛隊が負けようが構わないと言わんばかりの様子であった。


 ○


「さあ、殲滅の旋律を!」


 カルテンブルンナー全国指導者は、その大層な肩書には似合わず、現場で指揮を執りたがる人間である。


 ブルグンテン市内に入り込んだヴェステンラント軍は狭い路地の間を進んでいる。それを挟む建物の天井から、機関短銃を携えた数千の兵士が一斉に頭と銃口を出した。


「総員、撃て」


 言いながら、カルテンブルンナーは指を鳴らした。


 その瞬間、路地は弾丸が雨あられのごとく降り注ぐ地獄と化した。地面には雨粒のように弾丸がまき散らされ、騎兵は必死で抵抗を試みるも、その前に死んでいった。


 カルテンブルンナーはその様子を天上の上から満足した顔で眺めていた。死体が量産される様子は実に愉快であった。


「あ、閣下!」

「おやおや」


 異様な様子をしたカルテンブルンナーを狙う魔導兵があった。それに気づいた親衛隊員は彼を建物の陰に隠そうとする。だがカルテンブルンナーはそれに応じようとしなかった。


「植民地人風情がこの私に弓を引くとは、身の程を知りたまえよ」


 カルテンブルンナーは機関短銃を素早く抜き、魔導兵に向かって容赦なく発砲した。魔導兵は全身に弾丸を浴び、たちまち体中から血を流して死んだ。


「これで終わりかね、ヴェステンラント軍は。まったく、つまらん」


 殲滅されていく騎兵隊。親衛隊の勝利は確実と思われたが――


「――我々を無視しようとでも?」


 騎兵は頭上の兵士への反撃を一切取りやめ、弾丸の雨など気にも留めない様子で突撃を始めた。勿論次々と魔導兵は倒れているが、多くの兵はこの地帯を突破しそうである。


 だがカルテンブルンナーはこの事態を既に想定していた。


「突撃隊、敵を止めろ」


 冷ややかな声で魔導通信機に向かって命じる。


 次の瞬間、ヴェステンラント騎兵の進路の先にまたも数千の兵士が現れた。魔導装甲で防御を固めた魔導兵に対し、生身で戦おうというのである。


「突っ込め!! ゲルマニア万歳!!」

「「「おう!!!」」」


 彼らは皆機関短銃だけを持ち、死に物狂いの様子で騎兵に突撃した。


 例え相手が魔導兵ではない普通の騎兵であっても、騎兵に向かって歩兵が突っ込むというのは余りにも愚かなことだ。案の定、馬に蹴り飛ばされ踏みつけられ、突撃隊の兵士は蹂躙されていく。


 だがカルテンブルンナーにとってはそれでよかった。


「今だ。ヴェステンラント兵を殲滅しろ」


 少なくとも騎兵の足は止まった。その間に天井の兵士が機関短銃で撃ちかける。突撃隊が殺されている間にヴェステンラント兵を殺す。敵にも味方にも地獄のような戦場がそこにはあった。


「数ではこちらに利がある。ならば……」


 カルテンブルンナーは笑った。10人殺される間に1人殺せば確実に勝てる。そんな答えを彼の頭ははじき出していた。

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