ブルグンテンの陣Ⅱ
ACU2310 3/29 帝都ブルグンテン 総統官邸
「総統閣下、敵は食糧調達を諦めたようです」
「ああ。よくやってくれたな、カルテンブルンナー」
ブルグンテン周辺の農村には親衛隊の工作員を大量に紛れ込ませている。彼らは一切の食糧を渡さないように農民を恐喝していた。
「ヴェステンラント軍が略奪を始めるかと冷や冷やしたものだが……」
「たかが数百の農民が死んだところで問題はないのでは?」
カルテンブルンナー全国指導者は不思議そうに尋ねた。ヒンケル総統は溜息を吐いた。
「健康なゲルマニア人に死んでいい人間などいない」
「そうですかね?」
「そうだ。まあ、君は何だかんだ言って私の命令を守ってくれているからいいが、その思想には辟易するぞ」
「命に貴賤を付けられる総統の思想こそ、私は理解に苦しみますが」
ヒンケル総統は生きるに値する命と生きるに値しない命を区別して考える。前者には慈愛を、後者には死を賜る訳である。
対してカルテンブルンナーは全ての臣民を等しくゴミのように扱っている。ある意味では完全な平等主義者だ。
どちらの方が高尚な思想かというのは微妙なところである。
「――まあいい。君は下がりたまえ」
「はっ」
「それで、次はどうするのだね、ザイス=インクヴァルト司令官?」
カルテンブルンナーは下がり、代わってザイス=インクヴァルト司令官が前に出てきた。そもそも親衛隊に民衆を統率するように依頼したのはザイス=インクヴァルト司令官なのである。
因みに、西部方面軍総司令官の彼にブルグンテンの防衛を指揮する権限はないのだが、今回はヒンケル総統が特例的に認めていた。
「はい。まず今回の策によって、ヴェステンラント軍は短期決戦に挑まざるを得なくなりました」
「食糧難に耐えかねて略奪に走る可能性は?」
「ヴェステンラント軍は、ある意味ではとても人間的です。我が国のような官僚制が整備されておらず、基本的には大公の独裁で国を運営しておりますから、とても人間的な振る舞いを見せてくれます」
「だから何だ?」
「つまり、合理的に考えれば略奪をせねばならない場面でも、彼らはそれを選ばない公算が高いということです。もっとも、断言は出来かねますが」
「そうか。それは分かった」
近代の国家に感情はなく、ただただ国益の為に機械的な政策を出力するだけだが、前近代的なヴェステンラントや大八洲などはそうではない。君主や重臣の個人的な感情で非合理的な行動を取ることがよくある。
幸いにしてヴェステンラントの軍人の頭はまともであるから、きっと略奪には手を染めない。そうザイス=インクヴァルト司令官は踏んだのである。もっとも、彼の言うようにこの世に確実なものなどないが。
「では次に、ブルグンテンから敵を撃退せねばなりません。ここが落とされてはお終いですから」
「そうだな。撃退出来ると信じているからこそ私はここに残っている」
「ありがとうございます、閣下」
本来ならばヒンケル総統を含む重鎮は避難しておくべきなのであるが、彼らにブルグンテンから出る気などさらさらなかった。
「市内での戦闘となった場合は、基本的には親衛隊と国民突撃隊に頑張ってもらいます」
因みに、城壁こそあれ、ブルグンテンの周囲に塹壕などはない。外周での防衛は絶望的だというのは最初から分かっている。
「が、頑張ってもらう、か……」
「はい。数の利はもちろん、地の利はこちらにあります。それに我が方には新兵器の機関短銃もあります」
実のところブルグンテンには数万丁の機関短銃が備蓄されている。これもザイス=インクヴァルト司令官が事前に命じていたものだ。
「機関短銃――それは一般市民にも扱えるものなのか?」
「はい。その点についてはご心配なく。もとより手で撃つことを前提としたものですし、小銃と比べれば装填は遥かに簡単です」
まず機関短銃は剣銃弾を使った全自動火器だ。その為に反動が少なく、素人でも扱いやすい。また一発ごとに弾を手動で送らなければならない小銃と違い、引き金を引くだけで弾が出るというのも魅力的だ。弾倉の付け方さえ訓練すればそれで済むのである。
「――分かった。ではやはり、市街戦で決着を付けようというのだな?」
「そうなる可能性もありますが、そうならずとも追い返せる方法はあります」
「何だそれは?」
「それは――」
○
食糧調達を諦めたノエル一行はブルグンテンを落とすべくその城壁に近づいた。だがそこで思いもよらない光景を目にすることとなった。
「門が開いている?」
「は、はい。間違いなく開いていますね」
ブルグンテンを守るべき城門は、外国の貴人でも迎え入れるかのように堂々と開け放たれていた。しかも警備に数人の軽武装の兵士がいるだけで、とても戦時下とは思えない。
「どうなってやがる……」
「わ、分かりません……」
まさか降伏でもする気かと思ったが、だとしたらそれなりの意志を示す筈で、ノエルにもゲルタにも敵が何を考えているのか分からなかった。
○
「これは空城の計というものです、総統閣下」
「空城の計?」
「はい。あえて城門を開け放つことで、奇策があるのではないかと敵に猜疑心を生み、戦わずして勝つという戦法です。遥か古代から行われていたものですが、人間の本質が何も進歩していない以上、現在でも有効な戦術です」
「なるほどな……」
かつては古代の唐土で行われ、実際に敵が城を攻めることはなかったという。猜疑心と食糧不足への焦り。ヴェステンラント軍は両方の感情に板挟みにされる訳だ。
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